何度も言うけどこれが100回目 〜アルコール依存性の父〜 -3ページ目

何度も言うけどこれが100回目 〜アルコール依存性の父〜

だめ親父と私たちの終わらない闘いの記録

母、娘、息子それぞれの視点で日々を綴ります。

アルコール依存性
アルコール性認知症
家庭崩壊
自己愛
だめ親父
毒親
毒父




久しぶりの更新です。




父が亡くなってからあっという間に10日以上が経った。



父が亡くなったのは日曜日の朝4時過ぎ。


その前の日は、私の旦那も仕事が休みだったので、母、弟、私、旦那、息子でいつものように見舞いに行った。


病室に行くと、看護師さんが血圧を測ったり問診をしたりしていたので相部屋ということもありそれが終わるまで廊下で待っていた。


気分はどうですか?
などの看護師さんの問いかけに

はい

ときちんと返事をしていた。



私たちが父の側に行くと、前半は私の息子等に反応もあったが、途中から全く目が合わなくなった。

ぼーっとしている感じ。



次の日は父の姉家族も見舞いに行くと言っていたので、また違う反応があるかな?と思いながらも病室を後にした。


その日は私の旦那が、いつも私たち家族が大変だからと少し遠出して美味しいお肉を食べに連れて行ってくれた。



久しぶりに息抜きできたねーと言ってその日はみんなで実家に泊まり、それぞれ床についた。



私はその日の夜、良い肉を食べ過ぎて胃もたれで中々眠れず、ブログを見たり父が次転院予定であった病院をネットで調べたりしていた。


次の病院ではなるべく拘束はしないと書いてあったので、今ミトンを両手にしている父が不憫であったので、希望を言ってみようかなと考えたりしながら。



そして眠りについたかなと思うと私の携帯に朝方4時に電話がなった。

嫌な予感が一気にした。


着信がなり終わり、ホームページでその番号を調べると父のいる病院からだ。



急いで二階の母の部屋の元へ。


すると母はもう起きていて準備をしている。



お父さんの心臓が止まったからすぐ病院に来てだって、と。




旦那と息子は寝ていたのでそのまま起こさず、私と母と弟で病院に向かった。



手の震えが止まらなかった。



弟が運転した。




車の中で、一度心臓が止まったということかな?

とか、なんかもしものことがあるからかな?

とか話しながら向かった。



こんな時に家族がみんな揃っていて良かったねと話した。




病院に着き、病室に向かうと先生が部屋の前に出てきて、



入って




と言った。


先生は泣いていて頭を落とした感じだった。



一気に嫌な予感でいっぱいになった。




父の周りにはたくさんの看護師さんが囲んでいて、心臓マッサージをしていた。



先生は震える母の肩を持ちながら話した。




3時に看護師さんが病室に来た時は普通に寝てた。

けど4時に来た時は息をもうしていなかった。


だから、私たちが来るまで心臓マッサージをしてたけど、もう助からないと思う。



どうしますか?




と。




みんな泣きながら、もう大丈夫ですと言った。





先生は弟の肩を持ちながら


ごめんね、ごめんね。




と言った。




そしてお別れをしてくださいと言われた。




信じられない気持ちでいっぱいだった。




そのあと、家に帰る準備をしますと言われた。


なので食堂で待つように言われた。


看護師さんが来て、


今から葬儀屋さんに電話してお迎えの準備をお願いしますと言われた。



え、どこにしよう…



そんなこと考える準備、してなかった。



家の近所の葬儀屋さんに電話した。



そして葬儀屋さんが来るまで霊安室で待っていると、看護師さんが病室の荷物の整理をお願いしますと言うので、荷物を持ってかえるバッグもないけど、ビニール袋に色々着替えや道具を入れて何往復もして運んだ。




そして葬儀屋さんが来た。



父のことを知っている方で、驚いておられた。



先生と看護師さんもお見送りに来てくれた。



先生は本当にごめんなさい。

元気に帰してあげれなくてごめんなさい。


と何度も謝っていた。



死亡診断書をもらい、そのまま家にむかった。



死因は原因不明の心不全。



持病の糖尿病等あったので、心臓に負担がかかっていたのかもしれないと言われた。



先生には改めてお礼に伺いますと言ったきり、まだ病院には行っていない。





家に着くと旦那が信じられないと言い、泣いていた。



それからお坊さんに連絡したり、親族や父の職場関係などに連絡したりして、葬儀の準備に追われた。




父の死を悲しむ余裕もないくらい慌ただしい1日。





死を受け入れたり、悲しみにくれる暇を与えないようにこうやってバタバタするのかもしれないねと母は言った。