何度も言うけどこれが100回目 〜アルコール依存性の父〜

何度も言うけどこれが100回目 〜アルコール依存性の父〜

だめ親父と私たちの終わらない闘いの記録

母、娘、息子それぞれの視点で日々を綴ります。

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父が他界してから、父に苛立っていたこと、父からされて悲しかったこと、ほとんど思い出せない。



思い出すのは、病院での姿ばかり。



今日初めて自分のブログを見直した。



父に怒って、腹が立って、どうしよもなくて始めたブログ。



あぁ、そうだった。
こんなことがあったんだ。


やっと思い出せた。



あんなに苦しめられた数十年。

なのに、父が死んでこんなにも思い出せないなんて。




たぶん思い出せないのではなく、逃げていた。


事実と向き合うのを。


自分のブログを読んでそれも確信した。






父が精神科に入院になった時のブログを読み返した。

入院して4日後見舞いに行くと、父があまりにも変わり果てていた。


本当はその日から断酒プログラムが始まる予定だった。




入院前は普通にごはんを食べて自分で歩いていた父が、ベッドに寝たきり。



その時すでに私たち家族は何かがおかしいと感じていた。

見舞いに行って泣いていた。



今まで散々父に傷つけられ泣かされてきたのに、入院してすぐにもう父のことが心配で心配で泣いたのだ。



やっぱりそれくらいおかしかったんだ。




そして、ブログを見て思い出した。



初めて見舞いに行った日、やっと体を起こして震える手でごはんを頑張って食べいた姿。



呂律が回らないながらも、あんたたちが見舞いに来てくれて嬉しいと一生懸命に口を動かして話した言葉。



お父さん、きついけど頑張ってね


と言うと




俺は極楽よ。



と家族を気遣い言った言葉。




それからどんどん父は動けなくなり、食べれなくなり、自分がどこにいるのか、何をしているのか分からなくなった。





お父さん、本当にごめんなさい。



優しくできなくてごめんなさい。



たくさん意地悪してごめんなさい。



助けてあげられなくてごめんなさい。



お父さんにただ、元気になってほしかった。



アルコールを抜いてほしかった。



本当は精神科にも入院しなくてよかった。



なのに私が入院させようと色々策略しました。



お父さんごめんなさい。





もう一度会いたいです。




たくさんたくさん後悔がある。



お見舞いもそう。



本当はお見舞いもゆっくりしたかった。


だけど、どうしても父の姿を見ると涙が止まらなくなってしまうから、泣く前に早く部屋を出よう出ようとしていた。

本当は優しい言葉、かけたかった。



だけど、言おうとするとどうしても泣きそうになってしまうから、結局憎まれ口ばかり言ってしまった。




ごめんなさい。






結局お父さんのこと、好きで、心配で、お酒を飲んでいないお父さんが大好きで、そんなお父さんでずっといてほしくて、だから悩んで、泣いて、怒って、憎んで、考えたんだって、お父さんが死んでから気づきました。



私は他のブロガーさんのように、父の為に何かしたことなんて何もなかった。


ただ文句ばかり言っていた。



お酒を本気でやめさせるのは無理だと思って諦めていた。



なんだかんだで父は絶対長生きすると決めつけていた。



だから早く死んでくれと思っていた。


父が死んでも絶対に泣かないと思っていた。



祖父母のお墓に行って、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さんのこと守りすぎだよ、お迎え来てよと頼んだ。




こんなにも父が死んで悲しいなんて思いもしなかった。




お願いだから、

どうか天国で大好きな自分のお父さんお母さんと安らかに過ごせてますように。


どうか、苦しみのない世界で安らかに過ごせてますように。



もう私が父にできることなんて何一つない。



これからは、父があの世で安らかに過ごせるよう毎日祈らせてください。


私が父にできること、一つでも良いから私にください。




どうか、どうか、同じようなことで苦しんでいるたくさんの家族の方が良い方向へ向かいますように。







…と、多少しんみりしてしまったが切り替えて!


よし、今年もあと1日!

来年はたくさん笑って楽しい一年になりますように(*^^*)


家族みんなが健康でいられますように☆