AIが暴く、「知ってる人」と「知ってるふりをする人」の違い
最近、AIを使っていて思う。
これまで「物知りやな」と思っていた人の話が、妙に気になってくる。
いや、別に年寄りがアカンと言いたいわけやない。
むしろ逆や。
本当に知っている人は、AIが出てきても価値が落ちへん。
地域のしきたり。
昔から続いている作法。
その土地だけに残っている話。
昔の仕事のやり方。
「なぜ、そうするのか」まで知っている人。
こういう人は強い。
AIに聞いても出てこないことがあるからや。
問題はそこやない。
AIが出てきて浮き彫りになってきたのは、
「知っている人」と「知っているように見えていただけの人」の違い
なんちゃうか。
昔は、誰かが言ったことに対して、
「年上の人が言うんやから、そうなんやろ」
で終わることが多かった。
「昔からそうや」
「普通はそうする」
「みんなそう思ってる」
これで話が成立していた。
ところが今は違う。
スマホを出してAIに聞けばいい。
「ほんまに?」
これだけでええ。
すると、
「それ、地域限定の話ちゃう?」
「それって昔の常識ちゃう?」
「別の説もあるで」
「データではそこまで言えへんで」
みたいな話が、すぐ出てくる。
そこで初めて気づく。
あれ?
この人が言っていた「常識」って、
誰の常識やったん?
この人が言っていた「普通」って、
どこで決まったん?
この人が「みんなそう言ってる」と言っていた「みんな」って、
誰やねん?
という話になる。
テレビで見ただけでも「世間」になる
これも面白い。
テレビで何度も聞いた。
↓
だから世間ではそう思っている。
↓
だから普通はそうする。
いつの間にか、こうなっている。
でも、それは本当に「自分で知ったこと」なんやろか。
テレビで見た。
誰かから聞いた。
昔からそう言われている。
それ自体は悪くない。
問題は、
一回も「なんで?」を挟んでないこと。
ここなんやと思う。
AIが怖いのは、何でも答えてくれることだけやない。
今まで「それっぽさ」で成立していた話を、
「ほんまに?」
と簡単にひっくり返せることや。
ただし、AIにも分からんことがある
ここは間違えたらアカン。
AIが何でも知っているわけではない。
むしろ、地域の話なんかは弱いこともある。
泉州の細かい習慣。
昔の町内の決まり。
家ごとの作法。
その地域だけで通じる言葉。
昔の人間関係。
こういうものは、実際に生きてきた人にしか分からんことがある。
だから、
年寄りの知識が不要になるわけではない。
むしろ、本物の経験者の価値は上がると思う。
ただし、
「俺は年上やから知ってる」
だけでは通用しにくくなった。
AI時代に一番価値があるのは「知識」だけちゃう
俺は、
「なんで?」を持っている人
やと思う。
AIに答えを聞く。
↓
その答えを鵜呑みにせず、
「なんで?」
ともう一回聞く。
↓
別の立場から見る。
↓
昔はどうやった?
↓
条件が変わったらどうなる?
↓
逆の場合は?
ここまでやる。
すると、ただの知識が「考える材料」になる。
AIは、人間の代わりに考える道具にもなる。
でも同時に、
人間が考えていないことをバラす道具
にもなる。
ここが面白い。
今まで、
「物知りな人」
で通っていた人が、
AIによって、
「実はテレビで見たことを話していただけ」
と分かるかもしれない。
逆に、
今まで目立たなかった人が、
「それはこの地域では違うで」
「昔はこういう理由があったんや」
と、本物の知識を持っていることが分かるかもしれない。
つまりAIは、
人間の知識を奪うというより、知識の中身を透けさせる。
年齢でも肩書でもなく、
「それ、なんで?」
に答えられるかどうか。
これからは、そこが問われる時代になるんちゃうかな。