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聖書の学び|ビジネス編

宗教は究極のビジネスだと言われます。特に聖書が世界に与えた影響ははかりしれません。永遠のベストセラーと言われた聖書の中に、ビジネスの成功法則を学びます。

キリスト教が


なぜ世界最大の宗教となり得たのか?


その理由の一つとして
返報性の原理が働いていると思います。


しかも、「究極」とも呼べる形で。


返報性の原理とは
人が何らかの施しを受けると
お返しをしないといけない心理が働く
というものです。
(wiki参照)


どの点がそうなのか?


それはずばり、キリスト教の核心である
十字架です。


イエスは十字架の上で
自分の体を


全人類の罪の償い、いけにえとして
神にささげたのです。


つまり、人類に対して
自分自身を与え尽くした


わけです。


自分の愛弟子たちのため
ではありません。


自分の支持者たちのため
ではありません。


すべての時代の
すべての人のため


別にそんなおせっかいはいらない
と思っている人たちのためにも


キリスト教なんてキライだ
と思っている人たちのためにも


敵であろうが味方であろうが
とにかく全人類のために十字架にかかった


というところが


最大のサプライズであり
返報性の原理が働くところなのです。


対象が全世界なので
その見返りのスケールもまた、全世界なのです。


しかもイエスは


ただの人間ではなく
天からくだった神です。


注)このあたり、いちいち説明を加えていませんが
  一般的なキリスト教の立場で述べています。


だからキリスト教って
もう、驚きの連続なわけですww


見えないはずの神が
見える姿になるわ


死ねないはずの神が
死んでいけにえになるわ


さらにまた
復活するわ


加えて
また地上に戻ってくる約束をするわで


しかも旧約聖書から通して読めば
大河ドラマとかまったくお話にならないほどの
壮大すぎるドラマの連続です。


そのドラマの中心点、ど真ん中が
十字架なわけですが


そこでイエスは全部出し尽くすのです。


この出し尽くすところがミソで


イエスの場合、死んでしまうわけですから
本人は何も見返りをもらえないわけです。


誰でも成功者になるために
返報性の原理を当然意識すると思いますが


さすがにその「お返し」を受けるのは
生きている間にもらえるように設定するでしょう。


しかしイエスの場合
それがなかった。


誰にもマネできないレベルで
自分を与え尽くした。


だからこそ、世界最大の宗教の
教祖となりえたわけです。


さすがに僕らがしていることは
ビジネスなので


死んだ後の報いでは
”成功”とは呼べないかもしれません。


ですが一つのビジネスモデルとして
結果に注目すれば


イエスのしたことは
はかり知れないリターンをもたらした
ということに間違いはないでしょう。


そこから何を学ぶか?


それは1人1人の
センスの問題になってくるかもしれませんね。


少なくとも


今、自分が持てるもののすべてを
出し尽くすつもりでビジネスをやる


ことぐらいは
誰もが学び取れると思います。


出ししぶる人は
成功できない確率が非常に高いです。


自分が持っている情報を
なかなか出さないということは


持っているもので勝負しようとしている
からだと思いますが


1人の人間が持っているものなんて
たかが知れています。


その枠の中で勝負すること自体
間違っています。


呼吸と同じで


息を吐ききれば
吸わなくても自然と息が入ってくるように


持っているものを出し切れば
インプットせざるを得なくなりますし


自然とインプットモードになっているので
どんどん新しい情報が入ってきます。


そのようにして
出して出して出しまくることで


自分自身も成長するし


人々には返報性の原理が働いて
たくさんの”お返し”が舞い込んで来るようになります。


出しつくすことをおそれないでください。


これが人々の心をつかむ
大きな要素だということを


ぜひ覚えてくださいね。


イエスの十字架には


キリスト信者だけではなく
ビジネスマンにも


学べる要素は
限りなくあります。


バカにしないで
勉強してみてください。


きっと何かを
つかむはずです。


ではでは^^