横浜銀蝿関連シングル3枚、
「ツッパリHigh School Rock'n Roll(試験編)」横浜銀蝿+嶋大輔
1981年リリース4THシングル
「お前サラサラサーファー・ガールおいらテカテカロックンローラー」横浜銀蝿
1982年リリース5THシングル
「ジェームス・ディーンのように」Johnny
1981年リリース、ソロ1STシングル
今回はいつもと違うパターン、シングル×3枚での投稿です。
当時中学1年、横浜銀蝿はツッパリ、暴走族のイメージを中高生に広げて大人気でした。
そのブームの源流はなめ猫なのかな?と思うところもありますが(笑)、横浜銀蝿はそのストレートなロックンロールとJohnnyに代表されるちょっと切ない哀愁ある曲で幅広く支持されていました。
正直、不良願望もなく(似合わないとわかっていたから笑)、ツッパった生き方はまったく無縁でしたが、それでも洋楽をメインに聴く傍ら、人気だった横浜銀蝿もレンタルして少し聴いていました。
このシングルは多分、当時ではなく後年(高校生ぐらいかな?)、銀座の中古レコード、ハンターでちょっと懐かしく100円で購入したものだと思います。
あらためて聴いてみて、
「やはり売れるだけのことはある」
と感じます。歌詞はコミックソング風だったりもしていますが、曲は正統派のロックバンドだと思いました。
そしてJohnnyはいいですね。こちらも売れたのは納得。
ここにはありませんが嶋大輔の大ヒット曲「男の勲章」もJohnny作。
男の哀愁みたいなものをちょっと切ないメロディで聴かせる曲は決して銀蝿一家の人気に乗っかったものではなかったと思います。
中高生より上の年代、キャロルやクールスがリアルタイムの方には彼らはどういう印象だったんでしょうね。聞いてみたいものです。
(4分半のうち2分ちょっとは静かな前奏+セリフだったか・・・忘れてた)
JohnnyさんはWikipediaによるとキングレコードの役員にまでなったそうです。
植村花菜「トイレの神様」が10分近い長すぎる曲で短くすべきとの意見の中、Johnnyさんが断固この長さで聴かないと伝わらないと主張したとか。
銀蝿の頃は2分~3分程度の短い曲ばかり歌ってた方の意見なのも面白いですね。








