前編(5月2日掲載)から続くインタビューです。

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会員活躍状況(第6回/後編)

東北大学大学院 医学系研究科 教授

 古 川 徹 氏(昭54普卒)

令和4年4月24日(日)

聞き手:仙台支部会 副会長 畠 敏郎

【 東京女子医大へ 】

畠) 平成17年に東京女子医大へ特任助教授として赴任され、その後、同大で特任教授、教授と順調にキャリアを積まれましたが、女子医大での思い出をお聞かせください。

 

古川) 東京女子医科大学へ移ったのは国の大型予算で国際統合医科学インスティテュートという新たな研究組織が作られるということから応募したところ採用されたためでした。独立した主任研究者として十分な予算で好きなことができる立場でした。

 

 東京での研究生活は大変刺激的でした。最新鋭の研究機器がすぐに使え、また、新たに開発された技術をすぐ試すことができたためです。膵臓がんに関係する新たな遺伝子異常を発見したり、膵臓がん治療のための新たな治療標的を同定し、特許を得たりしました。

 

 東京女子医大というと女性ばかり?とよく訊かれますが、確かに学生は女性ばかりですが、医師や研究者には普通に男性がおります。しかし、女性医師は多く、女性の教授も何人かおりましたので、普通の大学とはやはり違った雰囲気はありました。

 

 東京にいた間の大事件は何と言っても東日本大震災でした。当日は普通に女子医大のラボにいたのですが、東京の揺れもかなり強いものがありました。女子医大は古い大学なので建物も古いものが結構あり、いろいろ壊れました。

 

 私は東京では単身赴任で、妻と子供は仙台におりましたので気が気でなく、電話しましたが当然ながらつながりません。行くしかないと思いましたが、新幹線は止まり、高速道路は閉鎖されていました。次の日の朝に東京でレンタカーを借り、国道4号線を北上していきました。道路もところどころ陥没したりしていて、かなり時間がかかりました。

 

 郡山を通過するころにちょうど原発が爆発し、夜になって宮城県に入ったら明かりが全くついておらず真っ暗で、ほとんど車が走っていない道を爆走し、仙台の自宅に着いたのは明け方の午前4時ごろでした。自宅と妻、子供は無事でしたので安心しましたがそれから10日ほど仙台で電気、ガス、水道が止まっている中、水を汲みに行ったりして過ごしました。東日本大震災で被害に遭われた方、近しい方を亡くされた同級生には心からお見舞い、お悔やみ申し上げます。

 

【 東北大院へ 】

畠) 平成29年に東北大の大学院 医学系研究科 病理形態学分野の教授として12年振りに古巣へ戻られたわけですが、その時のお気持ちは?

 

古川) 2016年に東北大学で病理学の教授を公募することになったと連絡があり、応募したところ採用されました。前述したように、東京は単身赴任でしたので週末に仙台に帰ってきて、また東京に行くような生活を続けていましたので、機会があれば仙台に戻りたいとは思っておりました。

 

 東北大学は古巣ではあったのですが、古巣とは異なった教室に赴任した形で、教室には全く人がいない状態で、0から作り上げる形でした。医学部の病理学教育と大学院での研究、および、病院での病理診断を行う立場で、スタッフを呼び寄せ、周りの方に協力を仰ぎながら仕事しています。幸い、教授を含め、旧知の方がおりますのでやりやすい形ではあります。

 

【 病理形態学と病態病理学 】

畠) 初歩的な質問ですみません。現在は、病態病理学分野の教授と言うことですが、病理形態学と病態病理学はどのような違いがあるんですか?

 

古川) 東北大学には病理学関連の教室として分子病理学分野、病理診断学分野、病理形態学分野があり、私が赴任したのは病理形態学分野という教室でした。東北大学では分野の名称は教授の研究分野によって変更することが可能で、私は形態のみでなく、もっと色々な要素を探求することで疾患の病態に迫り、臨床に役立つ情報を得ることを目的に研究を続けておりましたので、教室の名称をもっと探求的な面が見えるようにと思い、病態病理学分野と変更したのです。

 

【 膵臓がん研究 】

畠) 冒頭でご紹介したとおり「早期発見と個別治療最適化で、膵臓がんで亡くなる患者さんを減らしたい」と研究に取り組まれています。

 膵臓がんは、治療が難しい がんだそうですが、この研究に取り組まれるようになったのは?

 

古川) がんというと大腸がん、胃がん、肺がん、あるいは、乳がんをよく聞かれると思いますが、そのようにがんを臓器別に分けた場合、最も生存率が低い、すなわち、治りにくいがんは膵臓がんなのです。

 

 がんの治りやすさは罹患した患者さんが5年経てどの程度生存されているか、すなわち、5年生存率で比較することができます。5年生存率は大腸がんは70%、胃がんは65%、肺がんは35%で、乳がんは90%ですが、膵臓がんはわずか7%です。

 

 これは、膵臓がんに罹患した方は14人中13人が5年以内に亡くなることを意味し、大変治りにくいがんなのです。患者さんも増えており、がんで現在一番患者さんが多いのは大腸がんですが、大腸がんは現在がピークでこれから減っていくと予想されています。胃がん、肺がんの患者さんはすでに減ってきています。

 

 しかし、膵臓がんはどんどん増えており、今後、健康保険上最も問題になるがんになると考えられています。著名人が膵臓がんで亡くなることがしばしば報道されるので膵臓がんという言葉はお聞きになることがあると思います。最近でも石原慎太郎さんが膵臓がんで亡くなったことが報道されました。

 

 私の研究の原点は研修医時代にあるとお話ししましたが、研修医時代に膵臓がんの患者さんを受け持ち、がんは進行していたので手術で切除することは難しく、症状を軽減するための手術を行いました。患者さんは症状が取れたので喜んで退院したのですが、程なくして食事を取れなくなって入院してきました。がんが大きくなって腸を絞めていたのです。当時は膵臓がんに有効な治療薬は全くない状態で、何ともしようがなかったのです。

 

 東北大学外科に入ってからも膵臓研究班に所属しましたので膵臓がんの患者さんを多く診療しました。多くの方が、手術でがんを切除できても再発して亡くなっていました。手術できても治すことができないのであれば治すことができる治療法を開発するしかありません。そのような思いから膵臓がんを治すようにすることが自分の研究目標となったのです。

 

【 早期発見 】

畠) 膵臓がんを早期に発見するために、古川教授は世界に先駆けて超音波内視鏡を活用しているとのことですが、どのようなことが画期的なのでしょう?

 そういえば、このインタビューシリーズで1月にご登場いただいた朝倉JCHO仙台南病院長も「一番記憶にある患者」について東北大病院勤務のときに膵臓の腫瘍を超音波内視鏡検査で見つけたとおっしゃっていました。

 

古川) 超音波内視鏡を活用しているのは朝倉さんです。朝倉さんは消化器内科医ですが、特に膵臓疾患の診療についてとてもよく知られた素晴らしい医師です。膵臓は体の真ん中、奥深くにありますから消化管のように内視鏡で直接見ることはできません。よって膵臓疾患の診断は放射線断層撮影(CT)や磁気共鳴装置(MRI)といった大掛かりな画像撮影装置で体を輪切りにしたような像を撮影して膵臓を観察することで行います。

 

 超音波内視鏡は内視鏡を膵臓に近い胃や十二指腸に進め、超音波を内視鏡から出して超音場画像を得る方法です。膵臓を微細なレベルで観察できるので小さながんの発見には大変有用です。超音波内視鏡では膵臓を観察しながら針を刺して膵臓の組織を採取することができます。

 

 私がやることはこの超音波内視鏡で採取された膵臓の組織を顕微鏡で観察してどのような病変があるかを診断することです。このことを病理組織診断と言います。東北大学、東京女子医科大学では膵臓疾患の患者さんが多く、そのこともあって私はこれまで膵臓の組織を観察する機会が一般の病理医よりもかなり多い方でしたので、膵臓病理組織診断については専門ということにさせていただいております。

 

【 人間ドッグでわかる? 】

畠) 私もそうなんですが、人間ドッグで腫瘍マーカー検査をオプションしている方も多いと思います。膵臓がんが疑われる場合は、どの検査の数値に現れて来るんですか?

 

古川) 膵臓がんの腫瘍マーカーとして一般的に使われているのはCA19-9という指標です。CA19-9は膵臓がんがあると高くなるのですが、進行している場合が多く、早期発見には有用とは言えません。また、胆管炎でも上がることがあり、特異性が今ひとつとされています。膵臓がんの早期発見に有用なマーカーはまだ開発されていません。

 

 膵臓がんの危険因子として知られているのは喫煙と肥満です。大量の飲酒は急性膵炎という大変重篤な膵臓の病気になることがあり、また、習慣的な飲酒は慢性膵炎という膵臓が衰えていく病気に関係し、それが膵臓がんの誘因になったりします。摂生が重要ということになります。急に糖尿病になった時は膵臓がんが原因であることがあります。

 

【 ゲノム解析 】

畠) 古川教授は、SKT11と言う がんの発生や進展に直接的な役割を果たす遺伝子の異常をゲノム解析して、その特徴を5つ明らかにされたとのことですが、SKT11を何とかすれば膵臓がんは克服できるということですか?

 

古川) STK11とはがんに関係する遺伝子として知られていたものですが、私の研究室である種類の膵臓がんでSTK11の異常が高頻度に認められること、それが特徴的な形質と関連することを明らかにしました。

 

 この種の研究がどのように役に立つのかはよく訊かれることなのですが、まず一つは診断に役立てられることです。STK11の異常があるかどうかを調べることで、がんになりやすいかどうかがわかります。実際に、元々STK11の異常を持っている方がおり、がんが発生しやすいことが知られています。

 

 また、膵がんではSTK11の異常があった場合に治りにくいということが分かりましたので手術で切除できたとしてもその後をよくフォローすることが必要になります。また、STK11の異常は元々あるSTK11の働きが無くなるような異常ですので、ご質問のように、STK11の働きを元に戻すような、あるいは、その働きを補うことができる薬を開発できれば膵臓がんの治療ができる可能性があります。

 

【 クラウドファンディング 】

畠) 研究分野はお金がかかる … と言うのは分かるんですが、クラウドファンディングで100名を超える方から第1期の目標1,500万円はおろか、最終目標額の2,000万円の寄付がアッという間の集まったとのことですよね。

 古川教授の研究への期待の表れであるわけですが、下世話な話で恐縮ですが、どういった方が応募されているんですか?

 

古川) クラウドファンディングでは多くの方からご支援いただきました。私は膵臓がんの患者会であるバンキャンジャパンという団体に創立の頃から関わっており、その団体の理事長に連絡して膵臓がんの患者さん及びそのご家族の方にクラウドファンディングについて周知していただきました。

 

 その甲斐があって多くの患者さんやそのご家族の方からご支援いただきました。先に申し上げましたように膵臓がんは大変治りにくいので、患者さんおよびそのご家族の方の思いには大変切実なものがあります。そのような思いに応えるため真摯に研究に取り組んでいます。

 

【 これまでを振り返って 】

畠) 40年近く医療・医学研究に従事されてこられたわけですが、失敗談や逆に最もよかったと思われることを差支えのない範囲で教えていただけますか?

 

古川) おっしゃるように、これまでずっと大学で医療、医学研究に関わってきたわけですが、このような形になるとは露ほども思っておりませんでした。そもそも自分は人を教えるような立場に立つとは全く考えていなかったのですが、結果的にはずっと大学で学部生や大学院生を教える立場におります。

 

 失敗談ですが、私はこれまで、失敗を失敗とはあまり考えないできました。失敗は成功の素という考えです。基本的に研究はうまくいかないことが多いもので、思い返せばもっと上手くやれたと思うことはたくさんありますが、どちらかというと気にしないでどんどん進んできた方です。よかったことは、これは結果的にですが、大学で好きなことをできる現在の立場に立てたことだと思います。

 

 研究はアイデア勝負で先駆性と独自性が何よりも求められます。自分のアイデアを実現できる立場に立てたことはよかったと思いますが、同時に成果を上げることも求められ、また、大学院生にちゃんと学位を取らせることが必要ですので、それなりにプレッシャーもあるものの、自分の考えを信じて進んできています。

 

【 今後の研究 】

畠) 「失敗は成功の素」。研究を続けてこられた古川教授がおっしゃると、言葉の重みが違いますね。今後はどのような方向に研究を進められるんですか?

 

古川) 先程、研究は先駆性、独自性が必要と言いましたが、医学研究では実用性も重視されます。臨床に役に立つような研究でなければ価値は高くありません。

 

 毎日朝、大学に行く車の中で、どのようにすれば患者さんの役にたつ、患者さんを助けられるのかを考えています。膵臓がんは大変厳しい病気です。当面は早期診断、及び、効率的な治療ができるような診断マーカーや治療標的の開発に注力していきます。

 

 

【 休日・趣味 】

畠) さて、難しいお話は一旦終わりにして、お休みの日はどのように過ごされているんですか?

 

古川) 東京にいた時は週末に仙台に来て家で休んでまた東京に戻るということで、取り立てて何をするでもなかったのですが、仙台に帰ってきてからは日曜日にテニスクラブで硬式テニスをするようになりました。

 

 テニスは軟庭を中学校から高校、大学と続けてきたわけで、現在の硬式テニスでも打ち方は軟式でやってます。体を動かすことはやはり気持ち良いものです。あとは庭の草取り程度です。

 

【 同窓会活動への提言 】

畠) 同窓会は個人情報の取り扱いや卒業生の考え方も多様化して、会員が減少しており、コロナでますます厳しくなっています。仙台支部会にはどのようなことを期待されますか?

 

古川) 一関一高の同窓生に会う機会があれば積極的に参加したいと思います。畠さんもそうだと思いますが、60歳を越えて、これまでのつながりを改めて見つめ直してみたいという思いが強くなって来ています。

 

 若い時は仕事や家庭でやることが多くあり、自分のことで精一杯で、同窓会等を顧みることはほとんどありませんでしたが、年取ってやや余裕が出てくると同窓の繋がり等をたどってみたいという気持ちが出てきます。同窓も含め、人の繋がりというのは大事にしたいと思います。

 

【 後輩へのメッセージ 】

畠) 一関一高も中高一貫校となるなど、頑張ってはいますが定員も減って、我々のころとは環境が違ってきていますが、後輩へのメッセージをお願いします。

 

古川) 教員としておりますので、一関一高生が東北大学に入ってくるかどうかは常に関心事です。東北大学医学部には全国から入学生が来ます。近年の入学生は関東地方からが半数近くで東北地方出身者は4割程度です。

 

 関東の高校は中高一貫が多く、やはり中高一貫は教育効率が高いと思います。仙台でも中高一貫からの入学生が増えています。そういう意味で、一関一高も中高一貫になって教育効率を高めることで東北大学医学部への入学生が増えてくれることを期待しています。

 

畠) 今春の一高卒業生は優秀で、東大合格が4名(うち1名は1浪)、京大4名はじめ医学部合格も多数いるとのことです。東北大医学部へも1名の合格者がいると伺いました。古川教授の薫陶を受ける機会があればいいですね。

 

 本日はお忙しい中、無知な質問にお付き合いいただきありがとうございました。古川教授には、国際膵臓学会はじめ国内外の学会、研究財団等から多くの賞を受賞されています。本日は時間の都合で それぞれについてお伺いできないのが残念です。お許しください。

 

 長寿社会では がんの罹患者がどうしても増えていきます。古川教授の研究には多くの方が期待されています。膵臓がんの患者さんの生存率が劇的に、一刻も早く改善されるよう、これからも研究に取り組んでいただきますよう願っています。

 「医者の不養生」なんて言われないよう、ご自身の健康にはご留意ください。

 

古川) 大変ありがとうございました。同窓生のみなさんとお会いできる機会を楽しみにしたいと思います。

学会で出席したモンゴルで(チンギスハーン像/2014年)

 

学会で出席した南アフリカで(2019年)

 

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