この一カ月の間、いろんなことがあった。
結果として、
ボクは処分となり、役職をおろされ、ただの一般社員として働いている。
それは真面目なボクにとっての
「真面目な人間だから何?」
という会社からの大きな一撃で、
同時に、
自分という人間の足りなさをモチベーションである後輩たちから思い知らされるという、
大きな出来事だった。
「今の時代だから仕方がない」
と、慰めの言葉を掛けてくれる人が多い。
確かに昔は許されていたことが、
今は許されない。
上司であれ、
先生であれ、
親であれ、
しつけは暴力となり、
注意は暴言となり、
昔は乗り越えろと言われたプレッシャーは取り除くべきストレスと言われる。
それで育った温室育ちに、
本当にこの世の中を生きて行ける力は備わるのだろうか?
ボクはいまだに疑問だ。
この世は優しさで満ち溢れている。
しかし、同時に弱肉強食の世界。
優しさだって、なんだって、
つらいことや、逆境があるからこそ感じることができる。
ボクが昔から言い続けていることは、
「人は幸せだとちょっとしたことも不幸に感じる。しかし、不幸だとちょっとしたことも幸せに感じる」
ということだ。
みんなで守って、優しくしてあげるつもりで、
その結果、世界の優しさを感じられないモンスターが登場するのではないかということを、
ボクは危惧している。
とはいえ、ボクが足りない人間だったことに変わりはない。
部下30人ほどと面談し、今、一般職として働いた一カ月で、
思い知った感覚は多分にある。
働くっていうのはどんな楽な作業でも大変なこと。
だから、お金が与えられる。
そのことを忘れてはならない。
上司は部下によって支えられている。
組織は一般職に支えられている。
そのことを忘れてはならない。
人は自分のためだけに働けるモチベーションは持ち合わせていない。
人は他人に頼られることでモチベーションを保つ。
そのことを実感して働かなければならない。
時々、そうやって物事を見つめ直さなければならない。
さて、会社からはいい時間をもらった。
こないだは何年振りかに土曜日に休みをもらい、
普段会えない友人家族と触れ合えた。
東京競馬場に行くこともできた。
休みの日には舞台を見に行った。
「レ・ミゼラブル」
何度も読み返した名作の中の人間たちは、
舞台で見ても魅力的な弱さを持っている人間だった。
この夏は今まで捨てていたものを、閉じていたものを
取り戻す時間にしよう。
今こそ真面目なボクが蓋をしていたものを
開け放つタイミングなのかもしれない。
そんな時が人生にはある。
いろんな人と触れ合おう。
いろんな人に心を開こう。
いろんな自分をひとつひとつ、出していこう。
何も怖いものなど、今はない。
ボクに残っているのは、
健康と、今の住処と、家族ぐらいなものだ。
それで十分すぎる。
ボクは村上春樹の「僕」にあこがれていた。
「僕」みたいになりたいと思った。
で、なった。
それはただの孤独な人間だった。
ボクはヒーローになりたいと思った。
いろんなものを犠牲にし、いろんなものを救ってきた。
それはただの孤独な人間だった。
だから、
今度は太陽を目指そう。
誰かの心を自然と温めてくれる、氷を融かしてくれる、
太陽になろう。
そんなことを妄想する。
そんなアーリーサマーが始まっている。





