鉄旅と寺社めぐり写真紀行 -290ページ目

河内西国霊場 第八番 大黒寺

鉄旅と寺社めぐり写真紀行-大黒寺



大阪府羽曳野市大黒にある、河内西国霊場 第八番 大黒寺(だいこくじ)です。





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-大黒寺



役行者が修行中に刻んだ大黒天像を祀る小さなお堂を建てたのがはじまりとされています。



創建時は、修験宗の道場であったが、後に弘法大師空海により真言宗に改宗されています。



現在は曹洞宗(永平寺派)の寺院となっています。





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-大黒寺



本堂





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-大黒寺



鉄旅と寺社めぐり写真紀行-大黒寺



七福神の石像





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-大黒寺



大黒寺山門





《御朱印》


鉄旅と寺社めぐり写真紀行-御朱印 大黒寺



奉拝



福寿殿



 大黒寺




平成二十五年五月十四日奉拝





【アクセス】 近鉄南大阪線「駒ヶ谷」駅下車、徒歩5分。





聖徳太子御遺跡霊場 第六番 叡福寺

鉄旅と寺社めぐり写真紀行-叡福寺



大阪府南河内郡太子町太子にある、聖徳太子御遺跡霊場 第六番 叡福寺(えいふくじ)です。




鉄旅と寺社めぐり写真紀行-叡福寺



叡福寺は、聖徳太子の墓前に営まれた寺院で磯長山(しながさん)と号する。



この寺は戦後単立寺院となったが、もとは古義真言宗金剛峯寺の末寺で、所在地であるかつての郡名や地名に因んで石川寺、磯長寺などと称されていました。



また、聖徳太子の磯長墓を祭祀守護する性格の寺院であるところから太子寺、御廟寺、聖霊院の号もあり、四天王寺、法隆寺とならんで、太子信仰の中核をなした寺院です。



なお、一連の太子建立伝説をもつ八尾市・大聖勝軍寺の「下の太子」、羽曳野市・野中寺の「中の太子」に対し、「上の太子」とも呼ばれています。




鉄旅と寺社めぐり写真紀行-叡福寺



二天門





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-叡福寺



聖徳太子御廟





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-叡福寺



浄土堂





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-叡福寺



聖霊殿(重要文化財)





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-叡福寺



見真大師堂




鉄旅と寺社めぐり写真紀行-叡福寺



弘法大師堂





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-叡福寺



宝塔(重要文化財)





《御朱印》


鉄旅と寺社めぐり写真紀行-御朱印 叡福寺



磯長山 平成二十五年五月十四日



上之太子



 叡福寺






【アクセス】 近鉄長野線「喜志」駅より金剛バス「太子前」バス停 下車すぐ。




文子天満宮

鉄旅と寺社めぐり写真紀行-文子天満宮



京都市下京区間之町通花屋町下る天神町に鎮座する、文子天満宮(あやこてんまんぐう)です。



御祭神:菅原道真公





鉄旅と寺社めぐり写真紀行-文子天満宮



社伝によれば、大宰府に左遷された菅原道真公は、延喜3年(903)に59歳で没したが、没後、道真公の乳母であった多治比文子は、「われを右近の馬場に祀れ」との道真公の託宣を受けたという。



しかし、文子は貧しく、社殿を建立することができず、右京七条二坊の自宅に小さな祠を建て、道真公を祀ったといわれています。



これが、文子天満宮の起こりで、天神信仰発祥の神社、または、北野天満宮の前身とも伝えられています。




鉄旅と寺社めぐり写真紀行-文子天満宮



文子殿




鉄旅と寺社めぐり写真紀行-文子天満宮



多治比文子の像





【アクセス】 JR京都線「京都」駅、または、京阪本線「七条」駅下車、徒歩12分。