今年の9月10日(土)、北海道の屈斜路湖湖畔で行われた、絶滅種鎮魂祭に参加してきました。

そこで、思いがけず、宮沢賢治の『なめとこ山の熊』の朗読を奉納することになりました。
朗読するのは20年ぶり。
しかも舞台で7分間も語るのは初めてのこと。

いくつもの偶然や導きが重なった結果だけれど、私も勇気を出しました。
そのときの心の揺れ動きや思ったこと、そして、教えていただいたことなどを書いています。




〇鎮魂祭前日の夜、急遽、オーディション

今回はお手伝いのため、鎮魂祭の前々日から現場に入っていました。

そこで、鎮魂祭の相談役であり、アイヌ詩曲舞踊団モシリを率いるアト°イから、せっかく島根から来たんだから、何か芸はできないかと聞かれました。
たまたまコロナで奉納演奏が一つなくなってしまったとのこと。

歌やダンスはどうかと言われても、
「できません。ただ、昔、趣味で朗読はやっていました」。
5分でできるものはあるかと言われても、
「いやあ、ありません」。
自分で作った詩でもいいからと言われても、
「いやあ、そんなのできません」。

話が立ち消えになるなか、頭の片隅に『なめとこ山の熊』が浮かんでいました。
でも、そもそも原稿はないし、全部読むと30分はかかる。
あとでインターネットに原稿が載っているかどうかを調べてみようと思いました。

夜、一人になったとき、「青空文庫 なめとこ山の熊」で検索してみると、一発で出て来ました。
後半で区切りのよいところがあり、試しに読んでみたら7分。

5分ではないけれど、明日アト°イに話してみようか。
実際に聞いてもらうことになるかもしれないからと、夜中、何度も何度も練習をしました。
真夜中、12時は過ぎていました。

そして翌日。

しかし、なかなか言い出せませんでした。
よく考えたら、奉納するのはプロの演奏家の方々。
素人の私が、しかもこの20年練習もしていない私がおこがましい。
やっぱり言うのはやめよう。
でも、言わなかったら絶対に後悔する。

そこで、午後、勇気を出して、アト°イにこそっと
「朗読なんですが、『なめとこ山の熊』、7分だったらできます。」
「長いなあ。」
「ですよねえ。まあ、ちょっと聞いてもらって。そもそもだめかもしれないし。」

夕食後、スタッフみんなの前で読むことになりました。

スマホのネット原稿を見ながら、我ながら下手くそだなあと思いながら読みました。
最初の辺りで「よし」と手を挙げて遮られ、うわぁストップ掛かるの早かったなあと思ったら、
「シンセサイザーとトンコリを入れる」
はっ?えっ?ほんとにやるの?マジ?
冷汗がだら~っと出ました。

それからみんなが会場準備に戻るなか、コピー用紙をもらってネットの原稿をせっせと書き写しました。

リハーサルは、翌日の鎮魂祭当日。

マイクの位置と、バックで演奏していただくシンセサイザーとトンコリと縄文太鼓の出だしと、声を張るところの確認のみ。
演奏していただく二宮さん、山本さんにストーリーを説明しようとすると、「そんなの要らない、朗読に合わせろ!」の一言。

それから一人で何度も練習し、迎えた本番。

直前の奉納演奏が終わったのか終わらないのか分からなくて舞台袖でうろうろしていると、「一美!何やってんだ!早く行け!」とアト°イに怒鳴られる。
お辞儀も忘れて、マイクの前で原稿を構える。
シンセ→トンコリ→縄文太鼓の音を聞いて、朗読の第一声。

寒くなって声のトーンが落ちて、ろれつも怪しいところがあったけど、なんとか読み上げることができました。
最後は忘れずに、深々とお辞儀をして終えました。

それから、晴れ晴れと本来の役割だった配膳のお手伝いにまわりました。


なぜ、『なめとこ山の熊』だったのか、次回へ続く。

 

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