ある日、お金も住む家も自分の居場所も無くなった。
今思い出すのもめんどくさくてちょっと辛いんだけど、もしかしたら私みたく悩んだり困っている人達がいるかもしれないから書いてみるね
一年前まで進学校の女子高に通っていた。
最初はクラスの子達とも仲良かったし毎日が楽しかった。
なにより楽しかったのは担任のK先生に会えることだった。
私は密かにK先生に好意を寄せていた。
K先生は全然カッコいいとかじゃくなくて、40才のおっさんで、独身で、ちょっとハゲ始めてて、お世辞にも外見は良いとは言えないけれど、海外生活が長かったらしくて、色々な知らない国の話をしてくれる若い頃に海外で貧しい暮らしにも耐えたりしていたらしくてそんな話が面白かった。
入学した1ヶ月目くらいで二泊の研修旅行があった。
私はK先生の側でお手伝いしたくて率先して学級委員の仕事も担い、研修旅行に向けての手伝いをした。
部屋割りやバスの席順なども担当して毎日昼休みや放課後は職員室に入り浸った。
そんな私をK先生は鬱陶しがったり邪魔にしたりしないで優しく面白い話を聞かせながら一緒に作業をしてくれた。
私はますますK先生が好きになった。
本当はK先生は私が密かに想いを寄せていることを気付いているかもしれないなんて思った。
いつかK先生も私の事を好きになってくれるかもしれないなんて思った。
研修旅行でも私は食事の引率やお風呂の順番など消灯時間になるまで頑張った。
頑張ったって言ってもK先生の側にいたかっただけだから苦ではなかったんだけどね。
二日目の夜も消灯時間になるまで手伝いをしていた。
もう他の職員の先生たちも、他の生徒たちも、みんな各自の寝室に行ってしまい多目的ホールにはK先生と私の二人しかいなかった。
もしかしたらこの二人っきりの状態が何かを起こすんじゃないか?なんてちょっと期待した。
でもそんな期待とは逆にK先生は「⚪⚪〔私〕もう眠りなさい。」と言い出していた。
でも私はK先生と二人っきりの最後の夜をもうちょっと過ごしたくてまだ作業があるふりをしていた。
K先生が私の後ろから肩をポンポンと優しく叩いて「⚪⚪今日もありがとう。明日は早いからもう眠りなさい。」と言った。
私は私の肩に置かれたK先生の手をそっと掴んだ。
私にとっては凄い勇気で掴んだ。
その瞬間時間が止まったみたいにK先生も私も動けなくなった。
どれくらいそうしていたかはわからないけれど、たったそれだけのことだった。
その後すぐに私も「K先生おやすみなさい!」と言って寝室に行った。
でもこの光景を誰かに見られていたらしくて、この日を境に私はいじめの的となった。
教室に入ると大きなボードにはK先生が私の後ろから抱きついている卑猥な落書きがしてあり「K先生のメス犬」と書いてあった。
顔が熱くなるくらい恥ずかしさとムカムカした気持ちが沸き上がったけれど、自分がいじめの的になったことはすぐに理解できた。
それからは学級委員の作業をしていても「犬さわるな」とか「Kの犬」とか言っていじめられた。
いつかほとぼりがさめればいじめは終わる日が来るだろうと耐えていたけれど間もなく、頭はいいくせに悪いことばかりしているグループに呼び出され無理矢理「遊びに行こう」と繁華街に連れ出されゲーセンやカラオケをおごらされたりした。
高校生のおこづかいがそんなに続く訳もなく支払う事が出来ない私に「おまえ、おじさん好きなんだろ?だったら紹介してやるからお金もらって来いよ。」と言い出した、私はぞっとした。
それからは悪いことだとは思いつつも母親の財布から少しずつお金を抜くようになった。
学校へは遅刻したり早退したりしてなるべく悪いグループに会わないように努力したけれど、捕まっちゃうと結局おごらされたりした。
もう以前のように職員室に立ち寄ることさえ無くなってK先生に会うことも減っていた。
そんな時にK先生から校内放送で呼び出された。
嫌な予感はしていた。
呼び出された先は進路相談室という個室だった。
中へ入ると狭い空間に、教頭先生と、生活指導の先生と、K先生がいた。
座ると窮屈なくらいカツカツの空間で教頭先生が「呼び出してすまないが、⚪⚪さんとK先生の良からぬ噂を耳にしましてね..」と切り出した。
K先生はすかさず「⚪⚪と私は何でもありません。⚪⚪ちゃんと証言頼むよ、こういうことは二人で証言しないと納得していただけないから」と言った。
私とK先生は何も無いことは事実なんだけれど、私とK先生との噂が原因で私はいじめられていてそれでもまだK先生が好きで、K先生は迷惑がって困っているという現実に何だかものすごく悲しい気持ちになった。
私はK先生の事が好きなのにK先生は今私の事を迷惑がっている。
そう思ったら悲しくて悲しくて涙が溢れて止まらなくなった。
ちゃんと説明しなきゃって思うんだけど、過呼吸みたいになって声も出ないくらい泣き出してしまった。
先生たちはビックリして「K先生まさか、あなた⚪⚪さんに何かしたんじゃありませんか?」と騒ぎ出した。
K先生は私が泣き出してしまった理由なんてわからないから、ただおろおろしていて、しびれを切らせた教頭先生が「K先生は退室していただけますか?」と言い出した。
K先生は「私と⚪⚪は本当に何もやましいことはありません!⚪⚪どうしたんだ??」と弁明していた。
この時やっと私の声が出た。
「..ごめんなさい..ちゃんと説明します..」
私はなんとなくK先生と話をするのはこれが最後のような気がしてきてK先生に伝えたいことはちゃんと伝えて説明しようと思った。
「私とK先生とは何もやましいことはありません。すべてがただの噂です。でも、私はK先生の事が好きで片想いをしていました。これがみんなの誤解をまねいて変な噂になっただけです。」
これだけ話すのがやっとだった。
けれど先生たちは安堵の表情を見せて納得してくれていた様子だった。
この噂が原因で私はいじめにあっていることは言えなかった。
親や教師など私を知っている人には自分がいじめられているということは言いたくなかった。
いじめの被害を体験したことがある人はわかってくれると思うんだけど、自分がいじめられているという事を口にすると、今よりも、もっともっと自分がみじめな気持ちになりそうだった。
悲しい気持ちで帰宅すると、今度は母親に怒鳴られた。
そりゃそうだよね、家のお金がどんどん無くなって行って私の帰宅時間も夜になることが増えていたし母親の思考には私がお金を持って行かないと売春をさせられるほど陰湿ないじめにあっているなんて事はこれっぽっちも無いんだから。
「受験が終わって生活態度がたるんでる!泥棒が住んでいる家には一緒には暮らせない!」と言うような内容の話を延々と叫んで怒鳴っていた。
私はもうすべてがどうでもよくなっていた。
K先生のこと、いじめグループのこと、学校のことを考えると、とにかく私自身が消えて無くなってしまえばいいと思った。
母親の怒鳴り声もどこか遠くで聞こえているような気がしてきて
母親の口だけがパクパク動いているように見えてきた。
私は怒鳴りつける母親の前にぼんやりと座りながら今夜、この家を出ようと思った。
今思い出すのもめんどくさくてちょっと辛いんだけど、もしかしたら私みたく悩んだり困っている人達がいるかもしれないから書いてみるね
一年前まで進学校の女子高に通っていた。
最初はクラスの子達とも仲良かったし毎日が楽しかった。
なにより楽しかったのは担任のK先生に会えることだった。
私は密かにK先生に好意を寄せていた。
K先生は全然カッコいいとかじゃくなくて、40才のおっさんで、独身で、ちょっとハゲ始めてて、お世辞にも外見は良いとは言えないけれど、海外生活が長かったらしくて、色々な知らない国の話をしてくれる若い頃に海外で貧しい暮らしにも耐えたりしていたらしくてそんな話が面白かった。
入学した1ヶ月目くらいで二泊の研修旅行があった。
私はK先生の側でお手伝いしたくて率先して学級委員の仕事も担い、研修旅行に向けての手伝いをした。
部屋割りやバスの席順なども担当して毎日昼休みや放課後は職員室に入り浸った。
そんな私をK先生は鬱陶しがったり邪魔にしたりしないで優しく面白い話を聞かせながら一緒に作業をしてくれた。
私はますますK先生が好きになった。
本当はK先生は私が密かに想いを寄せていることを気付いているかもしれないなんて思った。
いつかK先生も私の事を好きになってくれるかもしれないなんて思った。
研修旅行でも私は食事の引率やお風呂の順番など消灯時間になるまで頑張った。
頑張ったって言ってもK先生の側にいたかっただけだから苦ではなかったんだけどね。
二日目の夜も消灯時間になるまで手伝いをしていた。
もう他の職員の先生たちも、他の生徒たちも、みんな各自の寝室に行ってしまい多目的ホールにはK先生と私の二人しかいなかった。
もしかしたらこの二人っきりの状態が何かを起こすんじゃないか?なんてちょっと期待した。
でもそんな期待とは逆にK先生は「⚪⚪〔私〕もう眠りなさい。」と言い出していた。
でも私はK先生と二人っきりの最後の夜をもうちょっと過ごしたくてまだ作業があるふりをしていた。
K先生が私の後ろから肩をポンポンと優しく叩いて「⚪⚪今日もありがとう。明日は早いからもう眠りなさい。」と言った。
私は私の肩に置かれたK先生の手をそっと掴んだ。
私にとっては凄い勇気で掴んだ。
その瞬間時間が止まったみたいにK先生も私も動けなくなった。
どれくらいそうしていたかはわからないけれど、たったそれだけのことだった。
その後すぐに私も「K先生おやすみなさい!」と言って寝室に行った。
でもこの光景を誰かに見られていたらしくて、この日を境に私はいじめの的となった。
教室に入ると大きなボードにはK先生が私の後ろから抱きついている卑猥な落書きがしてあり「K先生のメス犬」と書いてあった。
顔が熱くなるくらい恥ずかしさとムカムカした気持ちが沸き上がったけれど、自分がいじめの的になったことはすぐに理解できた。
それからは学級委員の作業をしていても「犬さわるな」とか「Kの犬」とか言っていじめられた。
いつかほとぼりがさめればいじめは終わる日が来るだろうと耐えていたけれど間もなく、頭はいいくせに悪いことばかりしているグループに呼び出され無理矢理「遊びに行こう」と繁華街に連れ出されゲーセンやカラオケをおごらされたりした。
高校生のおこづかいがそんなに続く訳もなく支払う事が出来ない私に「おまえ、おじさん好きなんだろ?だったら紹介してやるからお金もらって来いよ。」と言い出した、私はぞっとした。
それからは悪いことだとは思いつつも母親の財布から少しずつお金を抜くようになった。
学校へは遅刻したり早退したりしてなるべく悪いグループに会わないように努力したけれど、捕まっちゃうと結局おごらされたりした。
もう以前のように職員室に立ち寄ることさえ無くなってK先生に会うことも減っていた。
そんな時にK先生から校内放送で呼び出された。
嫌な予感はしていた。
呼び出された先は進路相談室という個室だった。
中へ入ると狭い空間に、教頭先生と、生活指導の先生と、K先生がいた。
座ると窮屈なくらいカツカツの空間で教頭先生が「呼び出してすまないが、⚪⚪さんとK先生の良からぬ噂を耳にしましてね..」と切り出した。
K先生はすかさず「⚪⚪と私は何でもありません。⚪⚪ちゃんと証言頼むよ、こういうことは二人で証言しないと納得していただけないから」と言った。
私とK先生は何も無いことは事実なんだけれど、私とK先生との噂が原因で私はいじめられていてそれでもまだK先生が好きで、K先生は迷惑がって困っているという現実に何だかものすごく悲しい気持ちになった。
私はK先生の事が好きなのにK先生は今私の事を迷惑がっている。
そう思ったら悲しくて悲しくて涙が溢れて止まらなくなった。
ちゃんと説明しなきゃって思うんだけど、過呼吸みたいになって声も出ないくらい泣き出してしまった。
先生たちはビックリして「K先生まさか、あなた⚪⚪さんに何かしたんじゃありませんか?」と騒ぎ出した。
K先生は私が泣き出してしまった理由なんてわからないから、ただおろおろしていて、しびれを切らせた教頭先生が「K先生は退室していただけますか?」と言い出した。
K先生は「私と⚪⚪は本当に何もやましいことはありません!⚪⚪どうしたんだ??」と弁明していた。
この時やっと私の声が出た。
「..ごめんなさい..ちゃんと説明します..」
私はなんとなくK先生と話をするのはこれが最後のような気がしてきてK先生に伝えたいことはちゃんと伝えて説明しようと思った。
「私とK先生とは何もやましいことはありません。すべてがただの噂です。でも、私はK先生の事が好きで片想いをしていました。これがみんなの誤解をまねいて変な噂になっただけです。」
これだけ話すのがやっとだった。
けれど先生たちは安堵の表情を見せて納得してくれていた様子だった。
この噂が原因で私はいじめにあっていることは言えなかった。
親や教師など私を知っている人には自分がいじめられているということは言いたくなかった。
いじめの被害を体験したことがある人はわかってくれると思うんだけど、自分がいじめられているという事を口にすると、今よりも、もっともっと自分がみじめな気持ちになりそうだった。
悲しい気持ちで帰宅すると、今度は母親に怒鳴られた。
そりゃそうだよね、家のお金がどんどん無くなって行って私の帰宅時間も夜になることが増えていたし母親の思考には私がお金を持って行かないと売春をさせられるほど陰湿ないじめにあっているなんて事はこれっぽっちも無いんだから。
「受験が終わって生活態度がたるんでる!泥棒が住んでいる家には一緒には暮らせない!」と言うような内容の話を延々と叫んで怒鳴っていた。
私はもうすべてがどうでもよくなっていた。
K先生のこと、いじめグループのこと、学校のことを考えると、とにかく私自身が消えて無くなってしまえばいいと思った。
母親の怒鳴り声もどこか遠くで聞こえているような気がしてきて
母親の口だけがパクパク動いているように見えてきた。
私は怒鳴りつける母親の前にぼんやりと座りながら今夜、この家を出ようと思った。