先日子ども支援関係の講座を受けました。


今後の私の指針となると思うので、メモです。


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子どもはとにかく遊ぶことが大事


でも遊びってそもそも何?


子どもが主体的であること


その時その子がやりたくないのであれば、その活動が大人から見て遊びだとしても(鬼ごっことか、おままごととかなんでも)、その子にとっては遊んでいることにはならない。


一方で、その子が自ら熱中しているのであれば、大人にとって無意味な活動に見えても遊びである。



大人は子どもを遊ばせるためにどう関わっていったらいいのか?


良い悪い、危険、ルール、上手い下手など、子どもが遊んでいると、大人は色々口出ししたくなる。


子どもにとって良い関わりとは?


大人自身の子供時代にヒントがある。


自分が子どもの頃、大人からこういう関わりをされたら、嬉しかったか?それとも不快だったか?考えてみる。


子どもの快適、不快は、同じ出来事でも、大人のかかわり方次第で、180度変わってしまう。


幸せな子供時代には、まわりの大人の関わり方が何より大事。


それには、関わる大人自身が、こだわりや色眼鏡を通して子どもを見ていないか?

子供時代に受けた不快が、未解決なままゆがみやねじれになったまま、子どもに接していないか?

自分を知ること。

→自覚したゆがみとどう付き合って行くかは次回講座でやるそうです。



今は便利になりすぎて、「過程」を経験しないことが多い。

子ども時代から料理、家事、大工仕事などの「過程」を踏むこと。

過程を知れば、工夫や融通が利かせられるようになる。

出来上がった完成品を消費するだけでは、有事などいざという時にモノがないと騒ぎストレスが多い。



異年齢で遊ぶことは、大きい子が小さい子に「してあげたい」気持ちを育み、自己有用感につながる。


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今回は子ども時代を丁寧に振り返るワークを色々しました。


私自身、遊びを抑圧されて(親は良かれと思って私に習い事たくさんさせていた)育ったので、この分野とても関心があります。


子ども時代に不快にフタをしてると、心が死んでしまう。


日々不快を感じて過ごすことが、いじめ(外に向く場合とうちに向く場合両方ある)につながると思う。



ということで、今週は息子に「幼稚園休むー。お母さんと一緒に居るー」とボロボロ泣かれたので、

子どもの頃の私も同じことをして無理やり幼稚園行かされて嫌だったことを思い出して、

その日は用事がなかったので幼稚園お休みして一緒に過ごしました。


納得したのか、次の日は幼稚園行けた。



もうひとつ。

この間金曜ロードショーでやってた「ハウルの動く城」に息子がどハマりしてて、毎日のように見ています。


子育てにヒントになると思うシーン。

最後の方でソフィーが荒れ地の魔女にハウルの心臓を返してもらうシーン。

とんでもないことをしでかしてる荒れ地の魔女から心臓を取り上げてもいいはずなのに、ソフィーは「お願い」と魔女自ら返す気になるまで待つ。


このやり取りって、子どもと日々やってることで、無理やり奪い取っちゃうこと多いので、そんな時はハウルのこのシーンを思い浮かべてソフィーになりきっています。上手くいかないことも多いけど、こっちの方がいい気がする。




↑ファッションも遊び?この日はカッパちゃんスタイルです😆