今回から、私の9年間のアメリカとニューヨークの生活について書いてみます。

1990年、3年半勤めた会社を辞め、6月からまずロサンゼルスへ行きました。

大阪枚方市長尾の実家から最寄りのバス停で、スーツケースを傍らに不安な気持ちでバスを待っていたときのことは、今も忘れません。

それまで、夢に見たアメリカ上陸は決まって空が晴れて船での劇的なものでしたが、現実は想像通りの夜のタクシーから見るロサンゼルスのダウンタウンなどの怖い風景でした。

大阪の友人の旅行会社から予約しておいたホテルに2泊して、あてもなくチェックアウトしてバスに乗り、少々危険な輩にもかかわりました。

関西地区で欧米人観光客相手に磨いたはずの英語も全くだめで、友人紹介の旅行会社から割と安全なホテルを紹介されるまでは不安でした。

ノースハリウッドのHotel Howard に行きつき、埼玉出身のS、ボストンから来たアメリカ白人B ,
シカゴから来た黒人Cと知り合い、なんとなくアメリカ旅行っぽくなったのでした。

S は、観光のロス滞在で、BとCは、俳優、ミュージシャン志望でハリウッドに来ていました。

が、あまり具体的な展開はなく、みんなでレンタカーを借りて、アリゾナ、グランドキャニオン、ネヴァダ州ラスヴェガスへ行ったりしました。

Sは未成年でしたがスロットで勝ち、州の法律で禁止されている賞金の受け取りを知り合いのIDを借りて受け取りました。

ロスへの帰りのネヴァダか、アリゾナの小さな町の小売店で酒を買おうとすると、ちょうど0時になり「日曜日になったから酒は売れない」と言われたり、別の町では週末に若者が50's みたいにチェックの服とかでキメてて、時間が止まってるような感覚にとらわれました。

それから、レストランにはいったときの自分たちへの注目度は映画の1シーンのよう。アジア人と白人、黒人のグループは随分珍しいようでした。

また、ロスから車で国境を越えメキシコ、ティワナへ行きました。国境に親子のホームレスがあふれ、ほんとうに1歩メキシコへはいると英語は通じませんでした。

女性ダンサーの東京出身のKさん、他数人の日本人や日系アメリカ人、そのホテルに住むアメリカ人たちとも話すようになりました。

そんな中、Bが「お金がなくなりボストンへ帰る、お前もボストンへ来ないか
?」と誘ってくれ彼とは別々にボストンへと向かう事になりました。


From this time, I will write about my 9 yr life in the states and New York.

In 1990, I quit a job in the office after 3 and a half yrs working and went to LA for the first place in June.

I will never forget the feeling of anxiety when I was waiting the bus with a suite case in the bus stop the nearest from my parents house in Nagao, Hirakata, Osaka.

I had had a few dreams of my arriving to the States of a ship in the blue sky just like a csene of movie, but saw scary spots in downtown LA from a cab at night was in a realty as imazine.

I stayed 2 nights at the hotel which I made a reservation from my friend's travel agency, check out with no plan, took a bus and mess around with some dangerous dudes.
n
My English was supposed to be OK from brushed up with travelers in Kasai area Japan but didn't work, so I felt pretty much anxious untill I found a relatively safe hotel through my friend.

I saw S, a Japanese man from Saitama, and B, a white American, C, a African American man from Chicago, at the hotel Howard in North Hollywood, then seemed like an American trip in someway.

S was on a sight seeing, B and C were on becoming an actor or musician, those were the reason why they cane to the Hollywood.

But they didn't get any good progress, so we all went to Arizona, Grand canyon, Lasvegas,Nevada by renting a car.

On the way to LA in a small town in Nevada or Arizona, we tried to buy an alchool drinks but time had just become 0 A.M. then we were told "we aren't able to sell an alcholic drinks on now, on Sundays" and some another small town in some where I had a strange feeling of a time slip from seeing a young people wearing a check mate jacket just like a 50's .

Then people stared at us as we walked into the restaurant just like a movie scene, we, as a group of Aisans and white and Africa, totally stragers to them.


Some other day, we went to Tijana Mexico, crossing a border line, saw many homeless kids and their mothers and couldn't use any English as soon as cross the border.

Then started talked with a female dancer K from Tokyo, some other Japanese, some Japanese American, and some other American people at the hotel.


Then B said to me, " I'm broke and will go back to Boston, wanna come over to Boston?"






本当に久しぶりのブログ更新となりましたが、みなさまお元気でしょうか?


今回はプロギターリストとしての活動をふりかえってみます。


マイルスデイヴィスバンドでデビューしたジャズギターリスト、マイクスターン氏の個人レッスンやギター専門学校AIGで音楽の勉強をした9年間のニューヨーク滞在を終え、2000年に帰国、ギターリスト、 『いち 山中』としてプロで演奏活動を始めて15年がたとうとしています。

2001年の大阪心斎橋の「北堀画廊」のジャズギターソロ演奏を初めとして、2002年ニューヨークに行き、ひわたり たけしさんとEast village の Angel share でギターデュオ演奏、

2003年から現在まで毎月ライヴをさせていただいている大阪本町のGlass House 、兵庫県西宮市の Corner Pocket、大阪北曽根崎のMR.Kelly's 、堺市三国ヶ丘 Fuzz、三重県伊賀市文化会館や阿山町阿山ホールでのコンサート、東京高円寺 Studio K でのUniversal Flamenco Orchestra, 樫原 秀彦さんとの共演、岐阜県関市の Rock'n Roll Cafe 、奈良県 バー セカンド、三重県伊賀市 Old New Cafe 、などで演奏させていただきました。

また、ギターセミナー(講座)の通訳、共演としては大阪 Rain Dogs、 MI Japan 大阪校でのマイクスターンギターセミナー、Mi Japan 大阪校と名古屋校でのスコットヘンダーソンギターセミナー、 音楽専門学校 NCA 名古屋コミュニケーションアートでのジェニファーバトウンギターセミナー、MI Japan 大阪校 HARU 高内 ギターセミナー、トミーキャンベルドラムセミナー、ESP エンターテイメント音楽専門学校では、シェーンガラスドラムセミナー、セイモアダンカン ギタークラフトセミナー等で通訳をつとめました。


主な共演者は、マイクスターン、HARU 高内氏、オルガニストの河合 代介さん、道下 和彦さん、等多数

自作曲でのリーダーアルバムは3枚発表

"Bluaezz Guitar" / Ichi guitar unit (LMD)

"Chaos" LMD / Ichi guitarra unit (LMD)

"Passion and Actions" ICHI YAMANAKA (Asura records)

2013年、2014年にはHARU 高内氏、マイクスターン氏とオリジナル曲をレコーディング済み


現在は、バンドとして自作曲を中心に

いち 山中 (G)

高阪 照雄 (Drs)

加藤 一海 (B)

で、ライヴ活動中です。














みなさまお元気ですか?去年に続いてシンガーソングライター、速水清司さんと共演します。萩原健一さん主演のドラマ「前略おふくろさん」のテーマ作曲や、松田優作さんへ曲を提供したり最近は沢田研二さんのバックもつとめている方です。



速水 清司 大阪スペシャルライヴ 

開場 18時

開演 19時

前売り¥3500(ドリンク付き)

当日¥4000(ドリンク付き)

会場 オーガニックカフェ47

大阪市西区本田2-12-2 3F

06-6583-0458

中央線九条駅6番出口徒歩10分阪神なんば線九条駅1番出口徒歩10分