今日、あの前の家に引っ越しした日に出版した
熊本の怖い話の
一話に載せる予定だった
特攻隊の少年兵の
実在人物で、
96歳で亡くなったと知らせがきた

 

熊本の書店で大規模なイベントをしてくださったとき

喜んできてくださった

前田さん

 

特攻隊の学校に通い

菊池花房飛行場で

少年兵としていた頃に

戦友を空襲で亡くした

 

その

悲しい思いを綴った話を読んで

 

すぐにアポを取った

文集のような本で、この前田さんにどうやって連絡を取ったのか覚えてないほど


確かその本の発行元の家に押しかけて

前田さんの連絡先を聞いた


最初前田さんに取材を申し込んで

しかも

熊本の怖い話の第一話に載せたいと

意気込んで電話した

 

あの興奮を忘れない


なんですか?

と聞いてこられ

こちらの誠意が伝わり

それならと話し、資料を送ってもらい

一気に書き上げた

 

今も

この人のこの才能!

と思うと

イノシシみたいに獰猛に一直線になる

それが

結果を言えば

正しいことであったりする

 

 これは

茨城筑波の

飛行兵達の学校跡地

 

 

 零戦のレプリカ


見るだけでワクワクした

 

 怖い話には

載せられないとボツになった

幽霊の話ではないから


世の中

自分の意気込みや思いでは

正しいと思っても

ズレたらダメなんだ


一銀はオーダーとズレた事をした

とレッテルが貼られる

作家もライターも

どこにも自由なんてないんだよ

雇われのような

商業出版の世界

芸能界も同じようなものなんだ


でも、前田さんは

強烈な不自由の兵隊の世界にいて

生きる自由なく

死の選択肢しかないところで

生き抜いたから


このボツの意味を

よく理解して納得された


それでも

仲間の魂を生かす

その思いは揺るぎない

ミウもなんとかして

この話を世に出したいと奔走した

 

そして
やっと出せたのが二年前の
ナックルズでの大きな記事になったこと

花房飛行兵の資料館の人には
ナックルズの媒体というだけで
うちの資料館の名前出さないでください
とまで言われた

前田さんは、そんな連中を相手にするなと
言って、インタビューに答えてくれた

逆風は
いつか
順風になる

あれだけ戦争美学が
戦後は真逆になった
それが正しいからだ
 
前田さんが
死ぬと思って入所した飛行隊だから
16歳で
覚悟した写真
遺影を取っていた
 
こんなかっこよく書いてくれて
嬉しいよ
 
ナックルズの媒体もエロい宣伝ページも
前田さんには
笑うだけで
嬉しいばかりだと喜んでた

 

 

 

この文章のほとんどは

前田さんの絶妙な描写であり

ミウは書き足すどころか

この臨場感の筆に圧巻

 

この才能に惚れていた

彼が生き残り

16歳で亡くなった友人たちの魂を

 

96才まで伝え続け

ミウもまた

ライターとして世に出し

彼らの

生きた証を描き

写真を出した

 

 

世に出すのは簡単じゃない
 
熊本の怖い話では
幽霊の怖い話じゃないと
編集長からボツにされて
熊本の怖い話に載せられない代わり
他の媒体に載せたく動いた
 
その人が茨城に特攻隊本基地があることを教えてくれたから
編集を説得して茨城の怖い話を書いた
一銀の名前で初めて書いたのがこの本から。
特攻隊の霊や思いを書いたのもあり、すごく売れた、、重版して2も出せることになり
けど茨城2では特攻隊の事や絵に問題があり
アンチ達のクレームで出版後に販売中止
 
もうその出版社で出す事はなくなったし
その絵を描いた人は
ミウの前から姿を消し、亡くなった
誰ももう探せない
 
二年前まで
元気に電話と手紙をやりとりしてたけど
 
最近熊本に帰省して、顔出したいと思っては行けず
余命のことなんか考えてもいなかった
 
だけど
あの熊本での公演のあと
自宅に訪問したのが最後だった
 
先生、先生の字を見たら
思い出す
力強く大きく元気!
がんばんなっせ!応援しとるけん
そう語って何度も二人の写真を撮った
 
特攻隊には
ミウがとても美しく見えるようだった
 
 
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ここのところ
急に引っ越しするけど
もう新居は7月から毎晩寝てた
だけど、引っ越し作業が面倒で
そのまま家賃を払ってた
裏にある太田道灌の碑があるのも気になり
 
だけど、いろいろ物入りなのと
膝を痛めてから家の往復がきつくなったから
 
出ます
 
と不動産屋に言うとなにもかもあっさり
あの家を出ると決めたら、すごくすんなり肩がついて
 
駐車場も今月で解約🅿️決まり
 
ただ、足は依然として悪かったから
大丈夫かなと心配してた
仕事セーブしようかな、、とか
飲み会とか都内まで行くのは難しかったし
 
ケガの傷も痛かった
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でも昨日膝の注射と水抜きしたら
今朝すごく調子良くなり
ほとんど元に戻ってたんだ
 
お昼に重要なメールを送ったあと
 
前田さんが亡くなった話が連絡来たので
 
ああ
と思った
 
この家に住んだ頃から今日まで
特攻隊が囲んでた
 
きっと守りもしたけど
そうでもない霊も人もいたんだとおもう
波乱万丈ながらも
たくさんの成功を遂げることができた家だった
 
あの人が
特攻隊の少年兵達みんなが
 
サヨナラ👋!
元気に生きろ!
死人に束縛されずに
今を生きろ!
 
て言ってくれた気がした
 
特攻隊たちを取り上げてくれた
ナックルズが
急上昇したり、私も今年はそういう上昇機運だった
 
家を新しくしたし
仕事も幅が広くなった
 
ただこのひと月半の
身体の不具合や故障
膝の腫れと痛みが
全く軽くなり
こんなに引くのは
何か憑き物が取れたのか、前田さんが
一緒に苦しみを持って行くよ!としたのか
 
私に思い出させるためだったのかわからないけど
 
今日、今月は節目になる
何かあるんだと思った
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1番好きな作家は
一銀海生だと言ってくれてたんだよね
 
最後の英雄
死す
 
ミウはもう
特攻隊を追わない
 
死を美学にしない
国家の為に死ぬことはない
また
国家の為に殺すこともないよう
 
戦いのない世界を構築していきたい
批判や誹謗中傷
そんなものは
生きててなんの価値がある
 
愛されるなら
愛せ
 
そして
きっと明後日元気に
熱海に行く
 

海は

ミウに命を与えてくれる

海が好きだ

 

飛行兵たちは

海図だけで

 

目標へ向かったという

 

零戦、色んな機体が

あの空を飛んでたんだと思うと

なんとなくノスタルジー

 

海の表情は

今も変わらず

 

我々を抱きしめる

前田さん

永遠に

忘れることはない

 

きっと

特攻隊のみなさまの犠牲になった命を

いつまでも忘れないことが

この国のやさしさになる

 

91才が最後に出会った美人だと

奥さんの前で堂々と言う

中身は少年兵のまま

キラキラした目だった

 

ありがとう

本当に

出会ってくれてありがとうございました

 

ミウは元気に

生きて

生きた人を

生かすよ!