KAGEROW日記

KAGEROW日記

埼玉県立浦和第一女子高校ボート部の日記です。
-クルーを信じて 自分を信じて-
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↑新しくなりました

こんにちは。ハリウッド家系の桜釆です🌸

引退挨拶をさせていただきます。

私は6月のインターハイ県予選をもって引退しました。
ラストクルーは翌檜のバウでした。
また、1年間副部長を務めさせていただきました。この2年間、仲間、顧問の先生方、OGの皆様、担任の先生、友達、家族と本当にたくさんの方のおかげで毎日必死にボートに向き合うことが出来ました。本当にありがとうございました。

引退していちばん強く感じていることはボート部の存在の大きさです。ローイングという競技自体も、仲間と帰り道にする他愛もない話も、舞咲との自主練の時間も、引退したら全てが生活から無くなってしまって、ローイングそのものや一女ボート部が自分にとっての全てだったんだなと改めて感じています。そんな喪失感でいっぱいな私を今救ってくれているのは、顧問の先生やOGの先輩方が仰っていた「引退しても一女ボート部であることには変わりない」というお言葉です。この言葉には、引退してもボート部で培った当たり前を当たり前にできるような人であってほしいという思いが込められているのだと思っています。ですが、この言葉は今では「引退してもここが居場所なんだな」と思わせてくれる言葉にもなっています。帰ってこられる場所があること、そう思わせてくれる仲間や先生方に会えたことが本当に幸せなことだなと感じています。




ボート部で過ごした2年間はあっという間でしたが、1日1日を鮮明に思い出せるほど、とても濃い日々を過ごさせていただきました。そんな毎日の中でも特に記憶に強く残っている出来事を書きます。

1年生のシーズンでは有難いことに関東選抜に出漕させていただけたり、全国選抜にもサポートとして行かせていただいたりしました。当時は行けたことがただただ嬉しかったです。決勝で漕いでいる先輩を見て、全国のレベルの高さを知ったのはもちろん、先輩ってやっぱりすごいんだなとさらに憧れが強まりました。後輩だったころはただ先輩に追いついて、追い越したくて、純粋にボートそのものに向き合えていたなと思います。

ですが、自分たちの代が来て、自分たちだけでチームを高いところに連れていく立場になってからその見え方は大きく変わりました。戸田から出ることすらできない悔しさを知って、あの時見た先輩方の凄さと全国にいくことの難しさを実感しました。ボートの実力の無さだけでなく、自分の無力さと先輩方の偉大さを知っていく日々でした。

部活を無事に終えることに必死で、自分のローイングどころでは無く、明るさを買われて副部長になったけれど、この日々に明るさなんてなくて、私に一女ボート部で何ができるのか、何をすべきなのかがわからなくなっていました。

何か、これを乗り越えるきっかけになるような出来事があったわけではありませんが、
厳しくてでもいつも桟橋で待っていてくれるマネージャー。
1人で覚悟を決めて走り出す部長。
ただただ優しくて熱い相棒。
性格は真逆なのに居心地のいい人。
マイルールが厳しすぎる天然。
めっちゃマッチョで速い人。
実写版ちいかわみたいな人。
陸トレだと急にちっちゃくなる人。
真面目だけど不思議で2年間一緒にいてもまだ掴みきれない人。
ふわふわしてるのに急に正論かましてくる人。
何度もそのコミュ力で助けてくれる人。
どこまででも応援しにきてくれる人。
ポンコツだけど熱くていつも味方でいてくれるラストクルー。
そしてずっと憧れさせてくれる先輩方。
真面目でちょっと生意気で最強な後輩。
厳しく愛を持って指導し続けてくださった先生方。

そんなたくさんの方々にずっと支えられて走り切ることができました。

年があけてからは徐々に明るさも取り戻して、腹も括って、チームにとって必要な副部長に近づいていけたのではないかなと思います。
同期にも、後輩にもかっこ悪いところばかり見せてしまったけれど、最後まで信じてついてきてくれてありがとう。

そして、そんな中で迎えたラストシーズンについてです。

私の最後の艇はダブルスカルのB艇でした。
すごい悔しかったけれど、B艇だからインターハイに行けないわけじゃない!とすぐに切り替えて、自分たちが県で一位になって、インターハイに行くんだという気持ちを固めました。

二人でたくさん話して毎日朝練して、部活して、部活から帰ったら二人で電話で振り返りをしながら筋トレをする日々でした。この2年間で1番ボートに向き合った期間でした。

舞咲とは後輩の初乗艇クルー以外一緒に乗ったことはなくて、正直全然めっちゃ話す!みたいなペアではなかったのですが、舞咲はなんというか一言で表すと「とにかく良い奴」って感じなので、本当に心が救われていました。
ポンコツなところもあったので、😅ってなることもあったけれど「いつもおとと乗れて良かった、おとのおかげでボートがわかってきた、楽しい」と言ってくれて、そのおかげで折れずに頑張れました。

そして少し話が逸れてしまうのですが、部活ノートのおかげでもちょっとがんばれました!
一女ボート部では練習ごとに部員で部活ノートを回して書いています。内容はその日の練習の反省やチームの反省、一言に加えて、毎回違ったお題について大喜利みたいなことも書くのですが、お題の1つで「歴代のボート部員の中で誰かに生まれ変わるなら誰がいいか」というものがありました。それになんと部員21人中5人も「桜采」と書いてくれたんです!!理由は本当に様々で、わんちゃんが可愛いとか私に関係ないものもあったのですが、「サーキットトレーニングが楽しそう」とか「誰も置いていかない優しさがある」とか思ってもいなかった理由もありました。そのとき、私をそんなふうに見てくれている人がいるなら落ちこぼれるわけにはいかないという謎の考えに至って、頑張ることができました!誰かにとってこうなりたい!と思ってもらえるような姿を見せられていたことがすごく嬉しかったです😆💖

そんなこんなで迎えたインターハイ県予選決勝では直前まで胃痛にやられていましたが、立て直して万全の状態で臨めました。前日の予選では一女Aが1位だったので決勝では私たちも頑張るしAのことも頑張らせようという思いでした。
ですが、スタートから他艇に離されていく苦しいレース展開となりました。レース直後は悔しいというよりも何も考えられませんでした。インターハイどころか表彰台も逃してしまい、最後のレースとしては納得できるものではありませんでした。最後は思い描いた結果にはできなかったけれど、ラスト3ヶ月あれだけ一つのことに向き合えたあの時間は私の人生の宝物です。




結果として私はインターハイにも出られなかったし、私たちが後輩たちに残したかったレースもできませんでした。
ですが、引退して少し遠くからボート部を見れるようになって、この引退挨拶を書くにあたって歴代のたくさんの先輩方の引退挨拶を読んで、一女ボート部の歴史に名が残るような人たちだけが今の一女ボート部を作っているわけではないんだなと気づきました。私が知らない代でも思うように結果が出なかった人や苦しんだ人はきっといて、それでもその人たちがそのときそのときにたくさん悩んで考えてくださったから、今の一女ボート部の伝統があって、強豪と言われるチームがあるのだと思いました。そう考えると、自分の代もちゃんとこの一女ボートの一部になれたのかなと思います。
だからこれからの顔も知らない後輩のみんなにも自分の望んだようにいかなくても、結果が出なかったとしても自分たちの行動にしっかり意味を持たせて、自分たちらしくもがいていってほしいなと思います。


顧問の先生方
2年間ローイングの技術だけではなく、人として、副部長として大切なことを何度も、私たちのことを諦めずにご指導くださり、ありがとうございました。先生方のもとでボートに出会えて、副部長を務めることができて、人間として三回りくらい大きくなれました。本当にありがとうございました。

先輩方
忙しい中でも応援に駆けつけてくださったり、メッセージをくださったりしてくれた先輩方。自分にも後輩ができて、自分がいかに生意気だったのかを実感しました、、。こんな生意気だった私を育ててくださってありがとうございました。

同期
こんなにまとまりのない代はなかったんじゃないかってくらいまとまりはなかったし、ありえないくらい学年ミーティングもしてたくさんぶつかったけど、あの日仁空に誘ってもらって入部届を出して、この13人とボート部に入って、副部長になるって決断もして、あれん、ちおと三役ができて本当に幸せでした。卒業しても、大人になっても、おばあちゃんになってもずーーっとよろしくね😘
さり、きお、国スポまで頑張れ!!



後輩のみんな
一人一人いいところがたくさんあって、強くて、とてもピュアで、初めての後輩がみんなでよかった!!毎日が強烈すぎて気づかないけど、みんなが思っているよりもボート部で過ごせる時間は本っっっっ当に短いです。一漕懸命マインドで頑張ってね。いつでも教室で待ってるよ😉😉

書きたかったことは書き尽くせました!
拙い文章だったと思いますが、これを読んでくださった皆様に私の想いが伝わっていたら嬉しいです!ボート部で得たことを忘れずに、最短距離ばかり求めず、遠回りもしながら強く生きていきます🌸

最後になりますが、今まで応援していただき、本当にありがとうございました。
これからも一女ボート部への応援をよろしくお願いします。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
by oto