以前の記事で、ニコ生の怪談放送を自動録画するようにして聴いていたということを書いた。その中に、特におもしろい怪談を語る方が2人いたが、そのうちの1人がぞっくんである。ぞっくんの語った唯一の長編怪談が下記のものである。リスナーにニコニコ動画にUPしてと言われていたが、検索する限り見当たらない。この話を埋もれさせるにはもったいないというのが、文字起こしをした理由です。


まず事前情報として、ぞっくんは現在50代前半の男性配信者で、この話は今から4年前2022年(ぞっくん47歳当時)の放送で話されていた、ぞっくんの実際に体験した話である。事の起こりはぞっくん19歳の頃に始まるので、約30年前ということになる。


そのまま、聞き取ったものの文章化ですが、その際、読者として分かりづらいであろう箇所を適宜、補足、重複を避ける、分かりやすくするため話の前後を入れ換えるなどした。また、あまりにグロテスクな描写で、且つ、本論とは然程関係ないと思われる部分は書き起こしを控えた(行にして2、3行)。他はぞっくんの話した通り。当話はぞっくんの放送で何回か話されており、部分的に多少の内容の揺れが見られるが、2022年08月22日に話された回を下敷きとする。


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ぞっくん19歳の夏。太郎(仮名)という友達がぞっくんの家に遊びに行こうと誘いにきた。夏だし海に行こうと。太郎は世田谷区の船橋出身、高校へは進まず建設作業員などをしながら点々として最終的に千葉県市川市に辿り着き、ぞっくんが高3の時にバンド関係で仲良くなった男性である。当時は互いにお金もなく、よく服やCDを貸し合ったりするほど非常に仲が良かったという。


ある時、太郎が海に行こうとぞっくんを誘いにきたので、どうしようかと一瞬思案したが、気分が乗らず、まぁ今日はいいやごめんと断った。同じ日、太郎の知り合いがライブをしており、太郎は、その打ち上げに参加して朝まで飲んで泥酔、散会した後、歩道で寝ているところを、明け方、車に轢かれて亡くなったという。詳細はわからないらしいが、後から聞いた話では運転手も飲酒していたらしく、太郎は即死だったという。


葬式などが終わり、それから2ヶ月ほど経ったある日、ぞっくんが留守にしている夕方に、ぞっくんの自宅に電話がかかってきて、姉が出ると、「太郎ですけど、ぞっくんいますか」と言う。ぞっくんが帰宅すると姉が、「太郎君て子から電話あったよ、連絡してあげな」と言うので、はて?と思い、姉に告げる。
「太郎は死んだよ」
「うわっ」
「いやいや、俺の友達が車に轢かれて死んだって話(はなし)したじゃん、覚えてない? そいつが太郎だよ」
「たちの悪いイタズラする友達いるね、あんたの友達どうなってんのよ」と姉が顔をしかめる。ぞっくんも《不謹慎だな》と思った。


それから2、3日経った夜、再び、ぞっくんが不在の間に電話がかかってきて、今度は母親が出た。相手は「太郎ですけど、ぞっくんいますか」と言ったという。そのことを聞いたぞっくんは《ちょっとしつこいなぁ、怖いし》と思った。母親も変なことする友達いるんだねと言っていた。


ある日、ぞっくんの母親が行きつけの喫茶店のママにその話をすると、ママから、うちの常連さんで霊媒師をしている人がいるから、ちょっとその話相談した方がいいわよと言われたらしい。しかし、ぞっくんの母親は、いやいや単なるイタズラでしょうと取り合わなかった。その話を聞いたぞっくんも、何を言ってるんだ、友達のイタズラだろうと受け流した。


その当時、ぞっくんは車の免許を取ったばかりで母親に30万円を拠出してもらい、三菱ランサーの中古車を買ってもらって喜んで乗り回していた。すると母親が、墓参りがしたいので、その車で福島にある実家に連れていってほしいと言い出した。ぞっくんもお金を出してもらった手前、断るわけにもいかず、仕方なく母親、姉を乗せ連れていった。


母親の実家は福島の片田舎で、繁華街もなければ何もすることがない。19歳の青年にとってみれば楽しめるものがない。盆をとうに過ぎ、既に9月に入っていたが、暑かったので近所の海に姉と2人で泳ぎにいった。その時、借りパク(注 借りたまま返さず盗んだ状態になること)していた太郎の短パンを何気なく履いて海で泳いでいたら溺れてテトラポッドに何度も体を叩き付けられ、レスキュー隊が駆けつけるわ、救急車が来るわで大騒ぎになった。肺に海水が入り肺炎になるといけないからと強制的に1日入院させられた。いい意味で何も起こらないこの地では、一青年が溺れたという些細な出来事も地域新聞に掲載された。


この出来事の後、母親が急に、やっぱり霊媒師に見てもらおうと言い出した。太郎って子があんたを連れていこうとしていると。ぞっくんは一瞬ためらったが、特に行かない理由もないかと思い直し、いい機会だったので太郎から借りているCDや短パンをご家族に返しにいった。


それから霊媒師のところへ見てもらいにいくと、神社の境内らしき場所に平屋建ての茶色のボロい民家があり、六畳二間、狭い台所と風呂、トイレがあり、手前にある六畳の部屋にはソファとテーブルが調(ととの)えられ、待合室のような趣で、奥の部屋に祭壇のようなものが飾られ、そこで何かしている。お祓いなのかなんなのか、ともかく何かよくわからないがしている。その部屋と部屋、六畳二間には仕切りも何もないので、先客が丸見えだった。それゆえ話していることもダダ漏れで、ぞっくんにも一言一句聞こえた。先客は若い夫婦のように見えたが、その夫らしき男性が「じゃあ、もうこれで大丈夫ですね? 包丁持った女が枕元に立たないんですね?」、「あの変な女が妻の枕元に立つことはないんですね?」と重ねて訊いている。《なんかすごいところに来てしまった、非日常空間だな》と思いながらそれとなく聞いていたが、女性の霊媒師が、「大丈夫ですよ、もう祓っておきましたから」などと返答している。その若い男女の先客が、おそらくは謝礼金が入っているであろうと思われる封筒を渡して去っていった。


次の方どうぞと呼ばれて、ぞっくんの番になり、母親が、太郎君が息子のことを連れていこうとしてるいるのではないかと、これまでの経緯をひと通り霊媒師に説明すると、ぞっくんの顔をまじまじと見ていた霊媒師が、「うーん、違いますね」と一言の元に否定した。「その太郎って人はちゃんと成仏してますよ。そうではなく、お身内で19歳で戦死している方がいると思うんですけど、その方がね、息子さんと同じ年で、寂しいから呼ぼうとしてるんですよ」などと言う。そんな話は聞いたこともない、わからないという母親に霊媒師が「お父さん方の親族の方だと思います。そちらをちゃんと供養してください」と言う。ぞっくんの母親もそれで一応の納得をしたらしく、わかりましたと謝礼金を渡し自宅へ帰った。


帰宅して、父親に19歳で戦死してる親戚はいるかと質(ただ)すと、いやそんなのいるかなぁ、わかんないから実家に連絡してみるわと電話してくれた。「もしもし、あぁ俺だけど、あのさぁ、19歳で戦死してる身内って誰かいた?」と訊いている。「あぁそう、分かった、ありがとう。じゃあまたね」と電話を切った父親が「いたいた、いたよ、兄貴だって」と言う。「うちの親父、8人兄弟の末っ子でさぁ。異母兄弟の2番目の兄貴っていうのが南方で戦死してるって、19歳で。しかし、なんで兄貴がお前を連れてくんだ、おかしいだろ」と言う。ぞっくんも、なんて非道いおじさんなんだと頷(うなず)く。《自分が若くして戦死したからといって身内の自分を連れていきたいというのは、少々納得がいかない》と胸の内に思う。


父親が「来年のお盆にでも、帰って線香あげるから、それで大丈夫だろう」と言った後に続けて「しかし、その霊媒師というのはなんだか知らんが、失礼なことを言う人だな」と、身内を貶(おとし)められた態(てい)の父親はぷりぷり怒っている。


そんなことがあった週末の夜、ぞっくんは遊んだ帰りに、最後の友達を車で見送った後でパンテラ(メタルバンド)を聴きながらひとりノリノリで運転していると、急に車内の空気が変わったことに気づいた。後ろに誰か乗っている、しかも、物凄く怒っている、何を言っているかはわからないが、とにかく後ろに怒っている人が乗っており、空気が変わったことを肌で感じた。誰かはわからなかったが、それが女性で、殺気立っているということだけははっきりとわかったという。これはヤバいと、必死で運転していたが、怖くて後ろを振り返ることはおろか、バックミラーを見ることすらできないほどの殺気だった。車を乗り捨てるわけにもいかず、どうしようどうしようと焦っていると、シートの後ろ、ぞっくんの肩の辺りから手が出てきたように見え、それがぞっくんの視界に入り、慌てふためいて、車をそこで乗り捨て、運良く自宅近くではあったので、そのまま走って家に帰り、寝ていた父親を叩き起こした。時計の針は2時過ぎを指していた。


「ねぇヤバいよ、車に誰か乗ってんだけど、殺されそうになったんだけど!」と、ぞっくんが言うと、叩き起こされた父親はキレ気味に「お前、シンナーでもやってんじゃないだろうなぁ」と言う。
「違うよ」
「車どこにあるんだ」
「蕎麦屋のとこ」
「しょうがないな、着いてこい」


父親がぞっくんとともに車を取りに行くと車はそのまま放置されていた。父親はそれを見て「なんだ、なんもいねぇじゃねぇか、お前も乗れ」と言われたが、怖すぎて「いやいや、やだ。俺歩いて帰るよ」と言うと、父親は「好きにしろ」と突き放し、そのまま運転して1人で帰ってしまった。


その話を聞いたぞっくんの母親は、また霊媒師のところへ、息子が化け物を車に乗せたらしいと相談に行くと、霊媒師は「あぁ、先客さんの憑き物がお宅の息子さんに着いていっちゃったかしら、ごめんなさいね。お代はいらないから息子さん連れてきなさいよ、祓ってあげるから」と言い、よくわからないが、じゃあ、おっかないからお祓いしてもらおうかということになり、母親に連れられ再び訪ねて会ってみると、霊媒師が「ごめんなさいね、私がちゃんとおさめてあげればよかったんだけどね、悪かったわね、ごめんなさいね」と何度も謝る。いや、謝罪はいいですから、もうわかりましたから、お祓いしてください、お祓いしてくれると言われて来たんですからとぞっくんが畳み掛けると、ぞっくんを見ていた霊媒師は気が変わったのかなんなのかわからないが、ぞっくんの母親に対し唐突に、もう自分では祓えない、もう私の手には負えないと言い出し始め、本職の方を紹介するから、そちらでお祓いしてもらってくださいと言い、ぞっくんは「え?」っと戸惑ったが、なぜか本職といって紹介されたのは靖国神社であった。


後日、霊媒師に予約を取り付けてもらった日に靖国神社へ赴き、受付の人と母親が話していると宮司さんが来て、その宮司さんが言うには、確かに○○さんに紹介されましたが、うちはそういう悪霊祓いのようなことはやってないんで、そっちに強い神社を紹介しましょうと軽くたらい回しにされ、赤坂にある稲荷神社(注 本人はもう覚えていないらしいが赤坂の稲荷神社といえば豊川稲荷か?)を紹介してもらい、ここでお祓いをしてもらう運びと相なった。


紹介してもらった赤坂の稲荷神社へ母親と共に行き、宮司さんに事の経緯を説明すると、宮司さんが「うーん、その女とね、いくつかのことがちょっと気になるんだけど、これからお祓いをします」と言われ、祈祷のようなことをされ、お札と白いお守りをもらった。「白いお守りはずっと身につけてください。あとは気の持ちようですね」と宮司さんに言われたぞっくんは、そうかと思いながら夜は車に乗らないよう警戒しつつ過ごしていたが、数ヶ月ほど経っても何も起こらないので、これで終わったなと思った。変なことは起きないようだし、生活もいつも通りになって学校へ行ったり、友達と遊んだり、なんとなくかっこいいと思って成人式に参加しなかったり、バンドでライブしたりナンパをしたりと日々を謳歌していた。


車にいた女のことなどすっかり忘れていた、お祓いをしてもらって数ヶ月経った真冬2月の或る金曜日のこと。夜中にお腹が空いたぞっくんはセブンイレブンのシーチキンとウィンナーが乗っているピラフが無性に食べたくなり、自転車でセブンイレブンまで行き、その帰り道、住宅街にある片道車線の道路で自転車を漕いでいると全身が黒い、人のようなものが、その片道車線のど真ん中にぬぼっと立っているのが目に入った。ヤバいかもと思ったが、その道を通るしかなかったので近づいていくと、全身黒づくめの服のようなものを着ている人だというのが1メートルほどの距離に近づいてわかった。女だということもわかった。真冬なのにボロボロの半袖の、黒いワンピース様というのか、半袖のような黒い服様のものを身につけて、しかもそれもボロボロに破け、ひどく痩せており、長く伸ばした髪の毛もボサボサの女が俯いて道路の真ん中に立っていた。ぞっくんはすれ違いざまに思いきりその女の顔を見てしまった。眼球がなく、本来眼球があるべき部分には黒い穴がぽっこり開いているように見えた。ぞっくんの体は恐怖で硬直したが、その女はぞっくんの方を向いて、


「……§&@♯<µされたから許せないの、ミズエのね……」と話しかけてきた。


恐怖のあまり話を遮って硬直した満身に力を込め、ペダルを猛ダッシュして帰った。《あの女だ、車に乗せたあの化け物だ》と思った。まだいたのかと当時の記憶が鮮明に蘇る。


家に着いたものの両親は既に寝ており、叩き起こすのもどうかと思ったぞっくんは、その女のことを以前話していた、近所に住む中学時分からの友人ジュンヤに夜中はた迷惑とは思いつつも電話をかけ、「あの女いたんだけど! 怖いからさ、キヨシも誘ってうち来てよ!」と伝えると、ジュンヤはキヨシを誘って2人でぞっくんの家に来てくれた。


2人に「お前神社でお祓いしてもらって、もう大丈夫だって言ってたじゃんか。その神社、本当に大丈夫なのか?」と言われ、「わかんないよ、そんなの」とぞっくんは返すしかない。恐怖で混乱し、「どうしようどうしよう」と喚いているぞっくんにジュンヤが訊ねる。
「で、その女の声聞いたんだろ? 話してた内容言ってみろ」
「逃げちゃったからわからないよ。ただ、部分的に聞き取れたのは、何々されたから許せないの、ミズエのねって言ってた」
「なんだその、許せないミズエのねって。人か? ミズエって人を許せないのか?」とキヨシが引き継ぐ。
「いや、わかんないよ俺も」
「お前の知り合いとか親戚とかにミズエっていないのか?」とジュンヤ。
「いやそんなのいないよ、聞いたことないよ、ミズエなんて人」とぞっくん本人も何がなんだかわからない。そこでジュンヤが、


「これ、ちょっと初めから整理した方がいいぞ。ちょっと落ち着け、お前。まず去年の夏、お前のバンド仲間の太郎ってやつが死んだだろ? で、お前が海に溺れて霊媒師のとこに行った。そこで化け物連れてかえっちゃって紹介された神社でお祓いしてもらって終わった。終わったようだって言ってたよな? ところで、お札は部屋に貼ってあるけど、お守りはどうしたんだ、神社で貰ったって言ってた白いお守りは?」
「財布にしまってあるけど」
「それ見してみ」
「うん」
と、ぞっくんが財布を開けて、奥のほうからお守りを取り出すと、白かったはずのお守りはいつの間にか緑とピンクのサイケデリックカラーにかびて腐っていた。それを見たジュンヤとキヨシに「お前、終わってるわ」と呆れられる。


「今日はもう遅いし、明日また集まって相談しよう」とジュンヤが言い出し、キヨシも「もう帰ろうか、じゃあ」と散会の空気になったが、恐怖心が消えないぞっくんは「いや、ちょっとごめん。マジで今日怖いからどっちか泊まってってよ。どっちか泊まってって!」と哀願するが、「嫌だよ、お前の部屋汚いし」とすげなく2人に断られる。既に日付は変わり土曜日になっていた。仕方がなく親が起きてくるまでテレビを見たりしながら8時くらいまで我慢し、完全に日が登り、母親がガタガタ掃除などしている時刻に床に就いた。


その日、午後2時過ぎに心配したジュンヤとキヨシが再びぞっくんの自宅を訪れた。ジュンヤが言う。


「昨日帰ってから話をよくよく考えてみたんだけど太郎って奴と戦死したおじさんは一旦関係ないので横に置いとくとして、その化け物の女が言った"何々されたから許せない、ミズエのね"っていうワード。ヒントはこれしかないから、これに着目して推察してみたんだ」
ぞっくんは《ジュンヤすごいな、さすが大学生だ》と思った。


「ミズエって知り合い、いないんだろ、お前?」
「うん」
「ミズエってのはさ、もしかしたら隣町の江戸川区の瑞江(みずえ)じゃないのか? 何々されたっていうのは、騙されたとか殺されたとか、なんか恨みを持ったネガティブな内容だと仮定すると、つまりは江戸川区の瑞江で女が殺されたかなんかしたんじゃないのか? それで恨みを抱いて許さないぞってこの世に物凄い怨念かなんか持って、たまたま霊媒師のとこでお前を発見、標的にして取り憑いて、隙あらば殺してやるって思ってんじゃないのか?」と考察する。ジュンヤが続ける。
「お前さぁ、その霊媒師のババアのところで 先客の若い夫婦の奥さんのところにさ、刃物持って出てきた化け物がどうのこうのって言ってたよな?」
「うん」
「その先客の若い夫婦の連絡先入手できねぇの?」と問う。
「うん、いやぁ……。あ、母親に訊ねてみるか」と答えると、なぜかジュンヤのスイッチが入り、「いい年こいて親に頼ってんじゃねぇ!」と突っ掛かってきた。


「一緒に行ってやるから、その霊媒師のババアんとこに行くぞ」と、ジュンヤはなぜか戦闘モードに入る。


ぞっくんの自宅電話脇に置いてあった電話帳に霊媒師の電話番号、住所が書かれてあり、ぞっくんが電話して、その日の夕方5時に約束を取り付け、ジュンヤとキヨシを車に乗せ、ぞっくんの運転で行くことになった。


車中、ジュンヤは「どうしてもその霊媒師のババアが信用できねぇな」と熱を帯びる。「いいか、ビビんじゃねぇぞ。お前のことなんだからな」と、ひとり勇ましい。


現地へ到着し、ぞっくんが、「先生、あのぉ、電話でお話したように、俺に取り憑いた霊の、その、先客さんの連絡先教えて頂けませんか?」と平身低頭して問うと、「いや、もう神社なども紹介しましたし、そういった顧客に関する情報を教えることはできません」と突っ跳ねてきた。すると、隣で黙って聞いていたジュンヤが、


「いや、おばさんさ。こいつがどんな目に遭ったかわかってんの? あんたさ、商売で金取ってやっておいて、そりゃねぇだろ、責任取れよ」とめちゃめちゃ強気に出る。「教えないってんなら、あんた、金取ってやってるんだから出るとこ出るぞ」と、やっぱりめちゃめちゃ強気に出る。一歩間違えれば逆に出るとこ出られてしまうレベルの強気であるが、時代が緩かったせいか、個人情報保護法もなかったことが幸いしたのか、いずれにせよ、霊媒師もジュンヤの気迫に気圧(けお)され、渋々引き出しから手帳のようなものを出してきた。


そこには先客夫婦の連絡先――具体的には名前と住所、それに電話番号――が書かれており、ジュンヤに紙とペン貸してくれと言われ、それを紙に書き写しているジュンヤをぞっくんとキヨシ、加えて霊媒師の3人は黙って見ていた。驚くべきことに、その先客夫婦の住所は、隣町の江戸川区瑞江だったのである。


ぞっくんに話しかけた女が言っていたミズエというのは地名の瑞江のことらしかった。「ジュンヤすごいな、やっぱお前、さすが大学行くだけあるな」と、ぞっくんはジュンヤに惚れ惚れする。


都営新宿線瑞江駅から徒歩5分ほどの場所にその若い夫婦――名前はナカジマというらしい――は住んでいるようだった。どうしようかということになり、ぞっくんが「電話番号も住所もゲットしたし、とりあえず俺が電話してみようか」と言うと、ジュンヤが「ダメだ、直接行ったほうがいい。今日は土曜だし、家にいるだろ」と言う。じゃあ行こうということになり、車を走らせ、瑞江のナカジマさん宅へ到着したのは夜の8時を少しばかり過ぎた刻限である。


ナカジマさんの自宅は3階建ての集合住宅で、その2階の角部屋にナカジマさんの部屋はあった。インターホンを押し暫く待つと奥さんがドアを開け出てきて「え?」という顔をしている。ぞっくんが「去年市川の霊媒師のところで順番待ちをしていた者です」と自己紹介をすると、とても怪訝そうな顔をしていたが、当然であろう。


「もう少ししたら主人が帰ってくるので、ちょっと待ってもらえますか」と奥さんに言われ、そのままナカジマさん宅前で2月の寒風吹き荒(すさ)ぶ中、20分ほど待っていると、ナカジマさんのご主人が会社帰りのようなスーツを着て帰ってきた。


若い男3人が家の前に立っていたのでナカジマさんは、うわぁっと一瞬驚いたが、去年市川の霊媒師のところで順番待ちをしていた者ですと、再び奥さんにしたのと同様のコピペ自己紹介をすると、ナカジマさんは、急にフレンドリーになって、あああ、どうもどうもといった感じで、「ちょっと覚えてないけど、あぁ、でもなんか、あれ、もしかして親子連れの子かな?」と喋り始めた。ぞっくんが頷くと「あぁ、親子連れ、いたかもね」という和んだ雰囲気になり、「じゃあ、ちょっと、立ち話もなんだからどうぞ、狭いところだけど」と宅へあげてくれることになった。ノリが軽い人のようだ。3人が座すと、奥さんが茶や菓子を出してくれた。


ジュンヤに促され、ぞっくんが話し始める。霊媒師のおばさんのところへ行った時からナカジマさんが持っていた化け物を僕が連れてきちゃったみたいなんですけどと、事の経緯を説明する横で奥さんも座って聞いており、「包丁じゃなくて鍬(くわ)みたいな農作業で使うようなものなんだけどね」と横槍を入れられるなどして、ぞっくんは今それはどっちでもいいでしょと内心ツッコミながら、時折「あぁ…そうかぁ」といったふうに熱心に頷いているナカジマさんに語り続けた。


ぞっくんが話し終えると「そうかぁ。これ嘘くさい話なんだけどね……。まぁ話すかぁ」と言って、ナカジマさんが話し始めたのはナカジマ家の家系に関する説話のような話であった。


「これ、先祖代々うちの家に伝えられたウソかホントかわからない話なんだけどさ。うちの家系って島根なんだけどね。島根県出身なんだけど、うちの初代の、ナカジマ家の初代の人が、孫八っていう人がいたらしいんだ。それが200年くらい前に島根県のとある村に住み着いたんだって、初代ナカジマが。その孫八さんは余所者(よそもの)だったんだけど、めちゃくちゃ悪党で近所の人の田んぼとか騙し取ったり、あくどいことをして何か罪をなした人らしいんだよ。でね、騙し取った挙句に、なんか、人もちょっと殺(あや)めたとかっていう、もう、そこまでめちゃくちゃな、今で言うアウトローみたいな人だったらしいんだよ。で、ある時、村の男と、なんか、土地のことで揉めたんだかなんだか知んないけど、一家全員を殺して山に埋めたっていうの。それから間もなくして孫八は病気で死んだんだって。で、後を継いだ長男が原因不明で急死したんだ。次男が代わりに後を継いだんだけど、その子供が原因不明で死んじゃったり、奥さんが死んで後妻を貰っても死んじゃったりとかしてさ、そういう不幸が長年続いたと言うんだ。で、そういう不幸が続くし、孫八が築き上げた金貸しとかも、孫八が死んだ後もやってたらしくて、その孫八の築き上げた財産もどんどんどんどん減っていったらしいんだよ。後を継いだ次男も死んで、結局代が変わったナカジマ家の長男が、要は、その孫八のもう2世代ぐらい下なのかな、わからないけど、その代の長男が我が家系は呪われてるって言い始めて、自分は早死にしたくないし、このままだと子孫も不幸になるだけだし早死にするだけ。孫八が一家皆殺しにした人間の、その祟りじゃないかって言い出し始めたんだって。で、その、孫八が死体を埋めた山からできる限りその骨を掘り起こして、お墓を建てたと言うんだ。その皆殺しにした一家の供養を一生懸命やったって言うんだよ、ナカジマ家は。でね、大正時代に入った頃かなんかに供養塔を建てたんだ。年に2回、地元のお坊さん呼んで、供養の儀式をするというようなやつだったんだって。その甲斐あってか知らないけどナカジマ家は平穏で裕福な家庭になっていったというんだ。その供養の儀式を、なんて呼ぶのかちょっと決まってないんだけど、俺も長男で、子供の頃から供養の儀式を執り行う役目をずっと親に言い付けられてた。だけど大学進学とともに上京してきて、就職したりとか結婚したりして何年か島根に帰らなかったんだ。それから何年かしたら、夫婦で寝てる寝室のところに、その包丁だか農機具だかわからないけど、とにかく刃物を持った女が立つようになった。奥さんの枕元に。それが1ヶ月以上続くから例の霊媒師の噂を聞きつけて除霊してもらいにいったの。それで、すぐに島根に帰って供養の儀式もお坊さん呼んでちゃんとやったんだ。それ以降は、もうその女が、うちでもピタッと出なくなった」と一気呵成に話した。隣で聞いていた奥さんも、そうだそうだと頷いている。


ぞっくんは、なんで夫婦の前に現れないで俺の前に出るんだよと内心不服だったが、その内心を察したのか、内心の不満が表情に漏れ出てしまっていたのかわからないが、ナカジマさんが、次の週末に島根に一緒に来て供養の儀式に参加するかと訊いてきた。ぞっくんは「いやぁ、それはちょっと遠慮しておきます」とナカジマさんの善意を消極主義で無碍にする。


「じゃあね、その、ぞっくんのことを、住職に話しておくよ、供養の儀式で。だからもう安心してくれよ。住職にぞっくんのことをちゃんと話しておくから。連絡するからさ、連絡先教えて」と、どこまでもナカジマさんはノリが軽い。ぞっくんは住所と電話番号をナカジマさんに教えた。


《ナカジマさんすごく良い人そうだし、供養もちゃんと怠らずに執り行っているというし、次の週末には帰って住職とやらに、俺のことも頼んでくれると言ってるから、もうあのヤバい女出てこないんじゃないかな》とぞっくんは内心考え安堵を覚えた。


「ジュンヤ、大丈夫だよな、それで?」と訊ねるとジュンヤも、それでいいかな、といった雰囲気で頷き、3人はそのまま謝辞を告げ暇を乞う。
 

 

実際、次の週末にぞっくんの自宅へナカジマさんから電話がかかってきて、「今、島根の実家に帰ってきてんだけど、供養のことも、私が住職に伝えたら、"よくぞっくんのことをお願いしておくから大丈夫だよって言っといてあげな"だって」と住職からの言伝(ことづ)てを嬉しそうに連絡してきた。ぞっくんは「あぁそうですか、わざわざすみません。ありがとうございます」と感謝を述べ電話を切った。


その後、ぞっくんも専門学校を辞めたり就職したり、転職したりと、なんやかんや忙しくなって生活に追われ、彼女ができたり振られたりサラリーマン生活をしていた27歳の時、今(注 放送時の今)からちょうど20年ほど前、年末の忙しい時期に母親からガラケー(注 ガラパゴス携帯、携帯電話のこと)に電話がかかってきた。ナカジマという人から手紙が来ているという。初め、ナカジマと言われてもピンとこなかった。一度会ったばかりで、しかも、あれから7年経過していた。あぁナカジマさんて、あの島根出身の人かと思い出す。


それから暫くして実家へ寄った折にナカジマさんから届いた手紙を渡されて見ると、差出人が女性の名前になっている。奥さんからかと手紙を読んでみると、


「去る10月に主人が亡くなりました。ぞっさんは元気でお過ごしのことと思われますが、念の為、お知らせさせていただきます。」


と書かれてある。差出住所は茨城になっていた。電話番号は書かれていなかった。


《ナカジマさん、死んだんだ》と力が抜けた。ぞっくんの5つ上だったので32歳で死んだことになる。


結局、孫八がやらかしたことというのは、子孫の早死にという復讐の形でまだ続いていたのだ。その手紙への返信も出しそびれてしまったので、ナカジマさんが死んだことで血が途絶えたのかどうかを、今もぞっくんは確認できていない。


リスナーは真剣に聞いているのか配信のコメントは止まっている。


「あの化け物よ、女の化け物、あれ結局、ナカジマさんのことやってくれたなって、その時思ったんだよ。いつまで祟ってんだよって。で、もうね、いいよ。だったら来い、来れるもんなら来てみろぐらいに思うようになってさ、戦ってぶっ倒してやるって、その時初めて思ったんだよ。でも、やっぱ許さないんだ。っていうか、なんで俺んとこ来てたんだよっていうのもあったけど。でね、やっぱあるのかなぁって。孫八がやらかしたことを200年もずーっと呪い続けてナカジマさんも32歳の若さで死ぬってすげえなと思ったよね。でもその時は正直イラッとも来た。結局やるんだっていう。あ、あと、例の霊媒師の平屋は市川の白旗神社のすぐ近くにあったんだけど、ある時火事で全焼して、その焼け跡から霊媒師も焼死体で見つかった。ナカジマさんの件とは関係あるかわからないけど。これで終わりなんだけど、ナカジマさんの訃報以来、特に何も起きてないんで、俺の中ではもう終わった話だという認識ではいます」


ぞっくんにしては珍しく熱を帯びた口調で話し終え、そうして、


「あ、今も太郎の命日には墓参りはしてますね」と付け加えた。(完)


※当記事は、ぞっくんより抗議があり次第、速やかに削除致します。

 

 

ぞっくん https://x.com/zokkun48