葡萄畑を車たちが駆け抜け…車




クリーム色の壁の、2階建てほどのお城が見えてきた。



お城というと、シンデレラ城のモデルにもなったドイツのお城や、ドラクエのお城(ゲームのし過ぎ?)等を思い浮かべるかも知れないが


私の中では小公女セーラや、キャンディキャンディなどが住んでいそうな 伯爵邸のイメージに近いお城が見えてきたのだった。



フランスのあちらこちらに点在するお城ではワインワインを作ったりしているところが多く…

今回のパーティに出てきたワインも、実はそこのシャトーで作られたもので、とても美味しかった。



私は数年前に訪れたボルドーの景色…サンテミリヨンまでの移動中に観た景色は広大な葡萄畑にいくつもお城があり―お城同士が意外に近く―そのどれもが小公女セーラの家のようなお城だったことを思い出した。



車は次々とそのお城の入口―石ころや草でデコボコした、周りには葡萄畑の広がる一角に―駐車していった。私は慌てて荷物をまとめ、子供を降ろしベビーカーに乗せると、急いで夫と皆を追いかけた。



駐車した場所からお城は見えなかった。




周りには葡萄畑と、木々だけだった。





芝の生えた道を行き、視界を遮っていた木々を抜けると



目の前には原っぱに囲まれた大きな大きな、白いテントが見えてきた。





中には真っ白な布で覆われ、背もたれの部分でリボンの掛かった椅子と、同じく白いクロスで覆われたテーブルが綺麗に並べられていた。





私は一瞬訳が解らずにいたが、原っぱの隅の方で長いテーブルの上に食前酒やドリンク、一口サイズのピザ等(またピザw)が並べられているのが見えた。





アペリティフ(食前酒)は、野外で、そして食事はテントの中だったのだ。城…の外の!!!







それらが並べられている長テーブルに人だかりができ…みんなあれこれ手にしながらおしゃべりを始めた。


夫が「いこ。」と言うとその人だかりの方へ行き…私はまずリンゴジュースを娘に飲ませた。








私と娘は人だかりから少し離れた岩の上に腰かけた。








夫が私の飲み物(サングリア)と一口ピザを持ってきてくれたので、ピザを娘にあげてみたが、食べようとしなかった。少したって、キッシュを取りに行ったが一口食べただけだった。

娘は食べるより、この原っぱで遊びたいらしく、子供達が駆け回っている方へ向かって走って行ってしまった。






言葉も通じないし、相手が小学生くらいの大きなお姉ちゃんたちもいる中だったので少々心配だったが、娘は話しかけるでもなく、その集団の中へと向かっていき、わけもわからないまま一緒に走り回っていた。

ちょっと恥ずかしそうな、はにかんだ笑顔で。






それを見守る私…一人。




夫は遠くで話に花を咲かせていたが、でこぼこの原っぱで、私はヒール。




娘を追いかける力も、夫に近づいていく力も、もう残っていなかった。歩くたびにヒールが土の中に埋まるので、余計にパワーと気を使う。こんなことならぺったんこな靴、もってくるんだった…






しばらくすると、一人のお姉ちゃんが「ここにいると危ないわよ」風に優しく手を取り、私の元へと連れてきてくれた。ただ、娘はその子供達の様子が気になるようで、何度かそちらの方へ走って行っては、お姉ちゃんが優しく誘導してくれたのだった。






そんなこんなで、ろくに食べないまま時間が過ぎ…段々肌寒くなってきたので上着を着せたが、ノースリーブのワンピースにカーデガンでは、この寒さ…少々不安になってきた。






すると、夫の叔母が声を掛けてくれ、彼女の孫(夫の従妹の子供)のパジャマがあるから着せ替えた方が良いのではと言って貸してくれた。

ティンカーベルの薄紫のパジャマは、少しだけ分厚く出来ており、取りあえずスカートの下にズボンを着させた。






…もう…外、暗いんですけど。






まだですか?






そんな気分になった頃、ようやくテントの中に案内された。

時計は20時を過ぎていた。



お腹の空いた娘に、席についた早々バナナをあげると、日本で処方された薬を飲ませた。

娘は一時、RSウィルスと診断されドクターストップがかかっていたが、今回なんとか渡仏できたのだ。



疲れもあるだろうからと早く寝かせることを考えていたが、こんな葡萄畑のど真ん中で…テントの中で…

どうしたら良いかもわからなかった。



夫がパンを持ってきてくれたが、固いパンは慣れないのか、気分が優れないのか…食べようとせず、嫌がった際に床にポトンと落ちてしまった。





そしてそのうち泣きながら、眠ってしまった。



辺りはすっかり日が暮れ、気温が一気に下がり始めた。



私達はベビーカーで寝てしまった娘に、持参していたブランケットと、私のショールと、夫のジャケットと…ありったけのものを掛けてやった。



やがて司会者がなにやらマイクで話し始め―VTRで二人の馴れ初めを観ることになった。



の照明でテントの中は何とも言えない雰囲気に包まれ…



司会者のマイク音も、VTRの音量も…もの凄い音量で、泣きながら眠り始めた娘がいたたまれなかった。

ヒヤヒヤしながらVTRを観賞し、ようやく食事が始まったのが21時あせる




夫が子供を寝かせられる所があるらしいと言っていたが、それは誤報だった。



子供用の食事があるというのは、ステックアシェ(ひき肉の、いわゆるハンバーグだが、猛烈に固い)



子供達がどこからかお菓子を持ってきていたが…赤や青に着色されたボンボンだった。



それでも一応夫が“子供用・超固いハンバーグ”を持ってきてくれたが…娘の寝顔を見て



「食べなそうだよね」と2人顔を合わせて言った。


そんな心配はよそに



司会者がテンション高めに、



「新郎新婦にありったけの騒音でお祝いをしましょう!!! Allez!!!(どーぞー!!)」



と言うと



皆が一斉に足をバタバタさせながら



「うぉぉぉおおおおおおおおおーーーーーーーーー!!!」



と叫びだした。



司会者は更に、「これから各テーブル周りますよ~!!思いっきり叫んでくださいね~!!」



と言うと



「よっしゃーーーーーーー!!こいやーーーーーー!!!!!!」



と新たな爆音が…



その後、各テーブルを司会者が周り、



その都度皆が足をバタつかせ、手でテーブルを叩き、うぉおおおおおおーーーーーー!!!と叫ぶので叫び



私と夫が顔を見合わせ、目をぱちくりさせていると



夫の従妹(パジャマを貸してくれた子供のママ)が、



「あっちの方が少し静かかも。ちょっと落ち着くまで行ってくる?」



と声を掛けてくれた。

私はベビーカーを押してぐるぐると周った。

この、静かな方とは入口付近にあり…テントなので…冷たい風が吹き付け風…寒くていても経ってもいられなかった。



絶叫でお祝い…のプログラムが終わったが、司会者の大声と、もはやBGMとは言えない爆音が流れ始め…今度は80年代のダンスミュージックが流れ始め…皆が踊り狂いだした。

夫が一緒に踊ろうと言うので、娘が寝ていることを確認し、ほんの少し踊ってみた。こうなったらヤケクソだ。



フランスの結婚式に、ダンスはつきものだが



老若男女…



皆、踊り狂う。

小さな子供も何だかすごく楽しそうだ。キラキラ



こんな小さい頃から踊ることに親しんでいるのだ。

結婚式は朝まで楽しむもの、そんなことも、小さな子供の頃から皆経験んしているのだろうから、ごく自然なことで、私のようにソワソワしている人は誰もいやしない。



そのうち椅子取りゲームが始まり…



皆が大騒ぎしていると



目覚めた娘が泣き出した。



夫と2人であやしながら、トントンとしてみたが一向に泣き止まず…

夫が「帰ろうか」というので、騒音の中、ありったけの声で

「もう帰りたい!!」と伝えた。



そのうち夫の祖母や叔母、従妹に妹が続々と集まり




「大丈夫?」「眠いのね」などと言って心配してくれたが



私が「お腹も空いていると思うの」と伝えると、叔母が



「えっ!! お腹空いているの?! ご飯食べなかったの??ベビーフードは??えっ何も持ってないの?!お義母さん、あなたに何も言わなかったの?!!」



と言い、怒り出した。



「ちょっと待ってなさい、厨房に行って頼んでくるから。何なら食べる?お米??」



「ハイ…」





叔母に祖母、妹に従妹がぞろぞろと厨房に行き、頼んでくれている最中




夫が戻ってきた。




夫の従弟が子供を連れて(うちと同じ)ホテルに帰るらしいので、乗せて行ってくれるという。

これで暖かくて静かなところに帰れる…




沢山の荷物と、叔母達が持ってきてくれた「タイ米らしきご飯」と、オレンジジュースを持ち…その場を後にした。




辺りは真っ暗で、ライト一つない。

足元が見えない中、駐車場までひたすら歩いた。

私が娘を抱いて、夫が荷物を持った。




夜空には…満天の星が輝いていた。星空




もっとゆっくり楽しみたかった気持ちもあるが、そういう時代は終わったのだと思った。

空の星を楽しむ余裕すら、今の私にはなかった。



夫が、気まずそうに言った。



「僕…もう少し、残ろうかな。」



無理もない。弟の結婚式なのだから。

解っていたが、泣き止まない娘を抱えた私は



「Vas-y, comme tu veux!!(好きにしたら)」



強く言ってしまった。



「ゴメンネ。気を付けて」



と車まで送ると、夫は足早に会場へ戻って行った。

解るけど…こういう時、心細い。



従弟と、その息子(3歳)と、私と娘を乗せた車が、ゆっくり走り出した。



口数が多い訳ではないが、私と娘を気遣いってくれ

車の中で落ち着いたのか、娘も泣き止んだ。



その時、咳をしていなかったのに、



「君の子供を抱いた時、背中のあたりでゼコゼコしていたよ。可愛そうに、具合悪いんだね。うちも小さい時はよくこんな風になってた。」



と言った。

スゴイ…具合が悪いこと、言ってないのに…。



こういう時、パパ歴が長い従弟が、なんだか頼もしく見えた。



3歳の息子も、何やらパパにお話しをしていたが、あまり意味がわからなかったが




パパ(従弟)は、「Oui, mon cheri(そうだよ、僕の可愛い子)」




優しく相槌を打っていた。







車は15分ほど走っただろうか。

ようやくホテルに到着した。

すっかり目が覚めた娘の手を取り、歩かせると

従弟が荷物を持ってくれ、部屋まで運んでくれた。




そして・・・




誰もいない、静かな部屋に




娘と帰ってきた。




手を洗い、おむつを取り替えると




持ってきたオレンジジュースを飲ませ、パサパサのタイ米らしきものを娘の前に出すと




両手を使って手づかみで、むさぼるように食べ始めた。




「おいしー。」




何も味のついていない、ただの米…しかもちょっと固めでパサパサなのに…




片手を頬に当て、そう言った娘を見て




目頭が熱くなり…本当に申し訳なかったと思った。




貰ったお米は全部食べた。

持っていたクッキーに、チョコレート…

もう食べさせられるものがなかったので、何かあげなくてはと食べさせた。




そして、すっかり落ち着いた娘の歯を磨いて

パジャマに着替えさせ




私達は同じベッドに横になったのだった。




ごめんね…




と、頭を撫でた。




もっと準備すべきだった。

なんだか悲しくて、泣けてきたが




私達は、静かに目を閉じたのだった。