なんやかんやとあっという間に過ぎてしまったフランスでの1ヶ月…。
私達夫婦がいる間は、いたって普通で明るかった夫の両親も、帰国が近づくに連れてなんとなく寂しそうな表情になってきた。
「――それで、Mimiは僕を置いて行っちゃうの?」
パパが、出発前夜に私に尋ねた言葉と、その時のパパの顔。
困っている私を見て、その後すぐに
「冗談だよ!ハハハ!セパグラーヴ!(問題ない)」
と笑い飛ばしたパパだけど、なんだか寂しい気持ちになって、泣きそうになった。
夫を見たら、夫も少し涙ぐんでた。
この滞在中、ママが私に言ったことが思い浮かんだ。
「Ton copain」
あなたの友達…パパを私の友達、と呼んでいたのだ。
パパとは一緒にサイクリングに行ったり、料理を作ったりしてきたのだから、ママもそう呼んだのだろう。
出発前夜は荷造りで一歩も外に出なかった私達。
荷物の大半はお土産と本。滞在中、コッソリ買った赤ちゃんの名付け本。
ママたちには見られない様、ビニール袋に入れ、奥の方へしまいこんだ。
そして冬の終りに来たために、コートやマフラーなどが大分かさ張ってしまった。
それで、入りきらなかったセーターは、部屋に残していくことにした。
「今度来る時は、空のスーツケースを持って来なさい!そうすれば、今度はもっとお土産が入るでしょう?」
ママが言った。
ワインなどは持ち運びが規制(3本まで)されているため、私は自分へのご褒美ワインを買う事ができなかった。
2本は上司2人分、一本は、急遽伯母が日本の両親にとくれた一本で終わってしまったのだ。
それらをセーターなどでグルグル巻きにし、エアパッキンで更に巻き、大事に大事にスーツケースにしまった。
本当はマカロン・ミックス(ホットケーキミックス、ならぬマカロンミックス)の箱も持って行きたかったが、場所もなかったし、何しろ重量がギリギリだったので、次回何か小包を送るときに入れてあげるからとママが言った。
出発前夜に立ち寄った妹は、何をするわけでもなく、夫とサロンでソファーに横になり、気がつくと2人とも寝息を立てていた。壁に掛けられた大きな写真の中で、小さい頃の兄弟3人が仲良く笑っていた。今にも笑い声が聞こえてきそうな笑顔だ。
こうして皆大きくなった今も、きっと気持ちは一緒なんだろうな。
最後は大きくビズをして、「さよならは言わないから、だって、またパソコンで会えるし!」と、涙ぐみながら妹が帰って行った。
一方の家族が喜べば、もう一方の家族が涙する。
国際結婚とは、そういうものなのだと、改めて思ったのだった。
その夜、私達は日本に帰る安心感と、ストレスで、なぜか緊張して眠る事ができなかった。
朝は早く起き、両親と弟が3人で空港まで送りに来てくれた。
ラジオからはアコーディオンのフレンチミュージック。
夫が「やめてよ、この音楽流すの」
と言ったが、
「これがフランスの音楽よ!今のうちによく聞いておきなさい」
とママはチャンネルをまわさなかった。
楽しげなアコーディオンの音色が流れ、朝日はゆっくりと昇ろうとしていた。
広い畑の真ん中を、軽快に走る赤い車。
今では日本に帰る事がなんだか信じられずにいた。
「Mimi!見て、太陽が昇ってるよ。写真撮りなさい写真!」
ママが前の座席から大きな声で私に言った。
私は慌ててかばんからカメラを取り出し、一枚。写真に収めた。
「Ca y ait?(できた?)」
「うん!」
「前は私、Mimiったら何でも写真に撮るのね、なんて思ったけど、今ではその気持ちがわかるわ!私もMimiのようになってしまったの!」
とママが言った。
一応言っておくが、私は日本でいつも何かを撮っているかというと、そうではない。
ただ、フランスに来てキレイなものを見たときに、その光景を忘れたくないから撮るのだ。
きっと生活の拠点が逆だったら、日本の忘れたくない光景を同じように撮っているに違いない。
そして、私達はついに空港へやって来た。
チェックインをした後は、ソファーに腰掛け、家族で写真を撮ったり、話をしたりしていた。
特にたわいもない、どうでもいい話だったので、何を話したか忘れてしまったが。
「さ、そろそろ時間だ」
「もう行っちゃうの?」
「うん」
一気に空気が変わり、なんだか寂しい気持ちになった。
ビズでお別れの挨拶をし、2人荷物の検査へ向かった。
後ろを振り返ると、パパ達が柵越しにこちらを見ていた。
一歩ずつ、前進していく私達。
やがて長い列の真ん中辺りに進み、もう出口が見えなくなる頃、また振り返ってみると、パパは柵に登って私達を探していた。
私達は大きく手を振った。
こうして、最後の最後までパパは柵によじ登り、私達を見届けていたのだった。
これから日本へ帰る私達。
ちょっとのストレスと、ちょっとの安心と、いろんな気持ちが混ざっていた。
私達はパリ経由で帰ることになっていた。
パリまでくると、さすがに日本行きの飛行機は日本人ばかりになっていた。
それで私達は少し安心した。
隣に座ったオバちゃん達が話しかけてきた。
よほどフランスでの旅行が楽しいものだったのだろう。
どこへ行ってきただの、これで何回目だの、色々と話してきたが、それを近くの席で聞いていた別のオバちゃんも一緒に話したかったらしく、私も私もと声を掛けてきた。
見ず知らずの人が集まり、妙な一体感が生まれていた。
そういう不思議な力が、旅行にはあるのかもしれない。
また今度、楽しい滞在ができるように、日本での生活を、一歩ずつ。
2人で頑張っていこうと思う。