今日は、初めてできた親友の誕生日。


最後に会ったのは…20年前?!

年賀状以外ではずーっと連絡を取り合っていた訳ではないが、ちょっとした誕生日プレゼントのやり取りや季節の手紙のやり取りをするようになったのは、13年前からになるだろうか。

昨日、レターパックでプレゼントを送った。




彼女と「親友」になったのは(宣言した訳でも、確認しあった訳でもないが)、小学5年生の時。その後、実は幼稚園が一緒だったことが分かった。小学校は別々だったが、私が転校してから同じ学校になったのだ。




クラス替えで一緒になり、たまたま席が近かったのだと思う。

「何か」を探していて、それを欲しがっているという、彼女が他の人と話しているのをたまたま耳にし、私がそれをたまたま持っていたのだ。私には必要ないものだったから、後日彼女に「良かったらどうぞ」と差し出したのが、親しくなったキッカケ。

あの時の彼女の驚きと感動した表情が、今でも目に焼きついている。

「えっ?!私、そんなにナニかしましたか?!」とこちらが驚くような(笑)




彼女は、鈍臭い私とは真逆なタイプだった。きびきび、はきはきと発言し、行為行動が洗練されていた。とても常識的で、クラスの中でも特に大人びていた。

なので、正直私はちょっと…いや、かなりビビっていた。こんな私と話すのは面白くないだろうし、近くなればなるほど嫌われると思っていた。



けれど、彼女は何かと私に声をかけ続けてくれて、いつしか周りも認める「親友」になった。

彼女を彼女とたらしめているものは、家庭環境にあったと思う。これまた、我が家とはいい意味で真逆だった。

小、中、高と一緒で、中学では部活も同じだった。

小中学まではほぼ持ち上がりの同級生だが、高校に入ると周りの友達がガラッと変わり、彼女との距離が出来ていき、挨拶程度になってしまった。私は寂しかったけれど、彼女の友人関係は充実していた。それを見て嫉妬することはなく、「やっぱり私程度では彼女を満たす関係は作れないよね」と思っており、楽しげに高校に通う彼女を見かけてはホッとしていた。小中学の彼女は、どこか窮屈そうでフラストレーションを抱えていたように見えていたから。




友達関係のなかで、私に厳しいことをハッキリと言ってくれたのは彼女だけだった。

私が不用意に、


「あの人、可哀想だよね」


と発言した時、


「可哀想という言葉は、失礼だと思うよ」



と、すかさずピシャリと言った。私はその時の衝撃を忘れられない。傷ついたのではなく、その頃の私の無自覚的に持っていた価値観を、🔨でガラガラドシャンっと壊してくれた。あれは、私の人生において後にも先にも彼女にしかできなかっただろう。早い段階で壊してくれたことに、心から感謝している。もし、私に余命宣告がされたら、彼女への手紙にこの感謝の気持ちを必ずしたためるだろう。




それから、私が地元の短大の推薦入試に落ち、本試験を避けて市外の短大に推薦入試で入学を決めた時、彼女は


「はっきり言うと、逃げたんだよね」


と言った。

その通りだった。彼女は早い段階で、大学進学して自立することをハッキリと目指していた。そんな彼女にとって、私は甘えているように見えたのだろう。まぁ、その通りだった。




「もったいないよ」


彼女は、そうも付け加えた。「かいかぶり」だけど、そう言ってくれた彼女に感謝した。





年に2回程度、郵便受けから彼女の懐かしい文字を見つけると、本当に嬉しくなる。

彼女の携帯番号とメルアドは知っているが、ほとんどが手紙か葉書。まして、LINE交換しようとはお互い言い出さない(笑)

それが、私たちのカタチである。




お誕生日、おめでとう。








ジム通いの相棒。可愛いのが好きなのは、アラフィフでも関係なし。