ブログネタ:次の日の服 夜選ぶ?朝選ぶ? 参加中★★★★★
星屑ざわめく冬の夜、ようやく目覚めたヴァンパイアがクローゼットを掻き回す。
「なあ、黒猫。このジレとタイでいいかな。それともこっちかな」
引っ張り出した服を鏡の前であててみては、友人の黒猫に尋ねた。
「どっちでもいいんじゃない? それより、ブラウスのフリルがよれているわよ」
黒猫は興味なさそうに顔を洗いながら答えた。
「しっかり選んでくれよ。そろそろニーナ達が来る頃なんだ」
「だったら明け方、寝る前に選んでおけば良かったのよ」
どうせ夜の間、退屈を持て余してトランプで遊ぶか、熱いチョコレートを飲むかくらいしかすることもないのに。
若いヴァンパイアは焦りながら、しかし胸を弾ませながら、身支度を整える。
「今年でニーナは十七だ。きっと美人になってるぞ」
出会った頃は、まだ幼い子供だった。
ふわふわの金色の巻き毛がまるでモンブランのようで、思わず食べてしまいたくなるほど可愛らしい。
行商人の父に連れられて、この険しい山を越える途中に屋敷に迷い込んでしまったのだ。
父親はヴァンパイアを畏れたが、無邪気なニーナはその天使のほほ笑みを惜し気もなく振り撒いた。
ひとに愛されたことのないヴァンパイアは、ただそれだけで恋に落ちた。
「このランプを持っていくといいよ。獣や魔物が寄り付かなくなる」
山の主の家紋が入ったランプを、気前よく持たせてやる。
金の巻き毛の天使は、自分の髪に付けていた髪留めをはずしてヴァンパイアに渡した。
「おにいちゃん、ありがとう。これ、ニーナのたからもの。こうかんね」
「いいのかい? へえ、綺麗な石だね」
さっそく自分の髪に付けてみる。
黒髪に虹色が映えた。
「似合うかな?」
「うん、おにいちゃん、かわいいよ」
足元で黒猫が肩をすくめるのも気に留めず、嬉しそうに顔を緩める。
「お兄ちゃんじゃなくて、アレックスだよ。覚えて」
「あれっくす」
名を呼ばれると、身も心もとろけるような気がした。
親子は魔法のランプに感謝し、毎年山を越える時には会いにくると約束して麓の町へと旅立った。
それから年に一度、秋と冬の間の季節に二人は彼の屋敷を訪れた。
ある年は自家製のハム、ある年は出来の良いワイン、ある年は手編みのマフラーを土産にして。
孤独だったヴァンパイアは、満たされた。
「昨年はニーナがクッキーを焼いてきてくれたんだ。今年は何だろう」
しかし、土産物などは必要なかった。
ただ、会いにきてくれれば。
そわそわと落ち着きなく、門の前を行き来する。
「ねえ、北風。しばらく休んでいてくれないか。ニーナ達が風邪をひいてしまうだろ」
仕方ないねと北風はねぐらに帰って大人しく様子を伺った。
銀色の三日月は親子が迷わないように足元を照らす。
コウモリ達は主人に代わってニーナ親子を迎えに出かけた。
今か今かと待ち侘びているうちに、東の空が白くなる。
「……今年は梨の収穫が遅れているのかもしれないね」
アレックスは小さくため息をこぼし、タイをはずしてジレを脱いだ。
「待つことはね、苦痛じゃないよ。だって、約束があるからね」
熱いチョコレートをゆっくりと飲み、カードをめくる。
そうしているうちに、三年が過ぎた。
「ねえ、アレックス。もう待つのはおよしなさいよ」
黒猫は気の毒な友人に忠告した。
北風も三日月も、そのほうがいいと頷く。
しかし、アレックスは毎晩そわそわと服を選んでは、門の前で二人を待った。
「約束だから。大丈夫」
虹色の髪留めに触れると、また勇気が湧いてきた。
百年の孤独に比べれば、たった三年の待ちぼうけなど。
「僕たちは空想の生き物だから。僕が生きているということは、まだ忘れられていないってことだよ」
冷たい門に背をもたせかけ、薄くなった夜空を見上げた。
出会わなければ、甘い想いも苦い想いも知らないままだった。
恋するだけで、こんなに毎日が楽しくなるなんて。
灰銀色の瞳を閉じ、愛しい娘の姿を思い出す。
「ニーナ、会いたいよ」
門の上でまどろんでいた黒猫が、ぴくりと耳を動かした。
「いけない、アレックス! 夜明けが来るわ!」
慌ててマントの裾をくわえて走り出す。
「待って、もう少しだけ……」
アレックスは明るい東の空の下をじっと見つめた。
次第に朝日が姿を現す。
「何してるの!」
叫んだ声に聞き覚えがあった。
女はアレックスに駆け寄り、着ていたマントを脱いで頭からかぶせた。
豊かな金髪が溢れる。
「走って、アレックス!」
「……ニーナ?」
マントから顔を覗かせようとするのを抑え、とにかく屋敷に向かって走らせた。
重い鉄の扉を閉じると同時に、天窓から朝日が差し込む。
壁もテーブルも全て金色に染まる。
アレックスを暖炉の影に隠し、庇うようにしっかりと抱きしめた。
「ニーナ? 本当に、あの巻き毛のニーナなのかい?」
自分と同じくらいの身長の美しい女性に、食いつくように魅入った。
「約束を守れなくてごめんなさい」
ニーナは大きな瞳に涙を浮かべた。
「父が病気で倒れてしまって……ずっとあなたに会いにいかなきゃって思っていたの」
「嬉しい……嬉しいよ。会いたかったんだ」
朝日に当たったせいで、少し崩れた腕で抱きしめる。
やはり、その目には涙が浮かぶ。
これほど喜びに心が震えた日はない。
「お父さんの具合は?」
ニーナは静かに首を振った。
甘い香りが、髪からこぼれる。
「だから私、ランプを返しにきたの。もう、行商はできないから……山越えは必要ないから」
「そう……じゃあ、これ、返さなきゃ」
アレックスは悲しそうに髪留めをはずした。
いつも、一人ではないと勇気付けてくれた、大切なお守りを。
「その珊瑚の髪留め! まだ持っていてくれたの!」
「うん。僕の一番の宝物」
名残惜しそうに、ニーナの髪に付けてやった。
ニーナは髪留めと同じ色の唇を、そっとアレックスの唇に重ねた。
「大好きよ、アレックス」
「……でも、もう会えなくなるんだね」
「え?」
ニーナは体を起こし、きょとんとアレックスの顔を見下ろした。
「ここに置いてくれないの?」
「は?」
ニーナの荷物を運んできた黒猫は、お邪魔しましたと部屋を出ていく。
「ランプは返すって言ったでしょ。もう山を降りられないんだから、ここに置いてよ」
「な……え、まさか、それって……」
アレックスは目を白黒させて言う。
ニーナはもう一度くちづけ、永久の愛を誓った。
「あなたといられるなら、朝なんていらない」
すっかり拗ねた朝日は、雲の向こうに姿を消した。