はぐれ姑・舅観察日記☆純情派
Amebaでブログを始めよう!

舅、無謀な計画

こうして夢のマイホームを建てることになった我が家。



まずは建てていただくホームメーカーですが・・・・


その前に、舅の性格を説明します。


≪舅の性格≫

・見栄っ張り

・頑固

・自信過剰

・某大手企業○菱に定年まで勤め、自分に誇りを持ち、自分を過大評価する傾向有

・電化製品はナショナルしか買わない

・大手企業が大好き

・自分に自信がある反面、自分では何も決めれない



ここまで読んでいただいた方、メーカーがどこか分かったかもしれませんね。



そうです


もちろん積水ハウスです




舅の見栄のみで 積水 でマイホームを建てることになった我が家



間取りを決めていくのですが・・・・・



あの性格の舅です。



そうそう簡単には決めさせてくれないのです


↓応援お願いします

人気blogランキングへ

舅夢のマイホーム外伝 

男の夢


それはマイホーム



舅35歳の時ささやかながらマイホームを持つ。



小さな小さな

家族4人が住んだ家


ベニヤ板の壁、チグハグな色の屋根瓦

台所6畳  今8畳  子供部屋6畳  奥の間4.5畳

もちろん2階などありません。


とてもささやかな、ささやかな家族4人川の字に寝、小さな庭で遊び・・・・・




それから30年




ささやかな家はもろくも台風で屋根が飛ばされました



長男に嫁ができ、しかも10歳も年下です。


舅は




家を建てる決意をしました



もちろん



35年ローンで



月給手取り17万の長男(旦那)


年金暮らしの舅


合同契約です。



もちろん返済のあては







10歳年下の若い嫁





月々の払いは8万円です



くどいようですが



手取り17万の旦那と


年金(月20万)の舅



の合同契約です



こうして、舅の無謀な 計画は始まるのでした。


↓応援お願いします♪
人気blogランキングへ

退院☆そして同居へ

2003年 1月  



退院をきっかけに私達は同居を始めました。


(私の父の持ち家が空いていたので、家賃がいらないということでそちらへ家族5人住まわせてもらうことになりました。※現在の我が家です)



同居理由は



旦那の実家を取り壊し、そこへ新居を建てるから



です。



当時旦那の月給は手取り17万。



舅は年金生活。姑は働いたことのない、いわゆる専業主婦でした。




そんな貧乏な家族が何故家を・・・・・・・



その話は別のエピソードでお伝えしたいと思います。





一緒に住み始め、家事の洗濯以外は私が担当していました。



洗濯だけはこだわり?があるとかで姑さんがしてくれていました。



それだけでも、生まれたての子供を持つ主婦としては助かる。





そう、思っていたのですが  そうはいかないのが人生でした・・・・・・・・・・・





同居を始めて 1週間くらいでしょうか


ある異変に気がついたのは



洗濯は姑が洗濯機で洗い、干し、そしてたたんでくれていました。




ある日、たたんでくれた洗濯物をタンスにしまおうと思ったら





裏返しだったんですよ私の洗濯物だけ




その日は『あー私が裏返しに脱いだのかな・・・・今度は気をつけよう★』

と、あいかわらずポジティブな考えで終わったのですが



次の日も



そのまた次の日も




またまた次の日も




裏返しなんです私の洗濯物だけ




そこまでされれば、いくらポジティブシャンな私でも気づきます。






姑が裏返しにたたんでいたんです。


はい!正解★




3日続けて洗濯物が裏返しだった私は



干している洗濯物を確認しました。



もちろん気をつけて脱いでいる私が裏返しに脱ぐはずもなく



表でしたよ。私の洗濯物も干してる段階では




あまりにも面白すぎるので私は怒ることも忘れ



とりあえず、その洗濯物を着てご近所を回ることにしました。





もちろん裏返しのままで★





上下(パンツも含む)すべて裏返しの服を着た私は

ご近所(6件ほど)を全て徘徊。



挨拶もかね世間話でこう言って回りました。


『うちは姑さんが毎日洗濯をしてくれて、たたんでまでくれるから、すごく助かるんですぅ★

ホント優しい姑さんで私って幸せです』




と。


全身裏返しの服を着た21歳の嫁。そんな嫁は近所の人の目にはどう映ったのでしょうか?




今となっては聞けませんがw

それから3日ほど経って


姑は



洗濯を裏返すおちゃめな行為をやめました





毎日外へ出ていた姑でしたが、お茶目な行為をやめた頃から次第に近所には顔を出さなくなり、建設中の実家をお弁当を持参で毎日舅と見に行くのでした。



良かったらコメントお願いします♪


人気blogランキングへ

ちょっと休憩☆

こんな姑・舅を持ち、思い出されるエピソードは数え切れませんが、ちょっとここらで休憩して


友達によく聞かれることをここに書きたいと思います。



Q1  そんなことされて何で怒らないの?

A   別に腹が立たない訳ではありません。慣れ?もあるかと思います。

 
例え、姑・舅に何を言われても私は好きな人と結婚できたことが幸せでしたし、自分の両親も他人に自慢できるようなできた人達ではありませんでした。


なので、親には元より期待などしてもいなかったし、嫁、姑問題というのはどこにでもあることだと半ばあきらめていた部分もありました。

Q2  仕返しを考えたりしないの?

A   はい。もちろん考えています。やられてそのまま、というような温厚な性格は持ち備えていませんし、この段階ではできない状態だったんです


この後のエピソードに期待してください


妊娠・出産☆そして

だんだんお腹も大きくなり、無事臨月を迎えた私は赤ちゃんが産まれるのを楽しみに待っていました。




姑の『まなちゃんお腹どう?今度はちゃんと産んでよ。また流れたら親戚に言うの恥ずかしいから』



という、毎日のようにかかってくる大変ありがたいお電話にも動じないほど楽しみでした。



と、いうよりだんだん姑・舅の常識を逸脱した言動にも慣れてきた頃でしたし、私自身図太くなっていました。




2003/1/12 無事男の子を出産しました。




少し小さめの赤ちゃんでしたが私には天使でした。



かわいくてかわいくて・・・・食べてしまいたいほどだったんです。



可愛いものって食べちゃいたい。そう本当におもうんだなぁ~と実感していたのですが、そうではないと諭してくれた人がいました。




もちろん舅です。




入院中のある日



私は乳腺が張って困っていると


(母乳をあげたことがある方は分かると思いますが、おっぱいが出る量と、赤ちゃんが飲んでくれる量が違うので余った母乳がおっぱいに溜まり脇の下のリンパ腺が張ってしまうんです。ひどい人は痛くてたまらないそうです。)








『これを飲みなさい。』と入院中の私に届けてくれました。






これとはめだかでした。しかも生きた。



(あとから聞いた話だと、昔の風習で乳腺が張った時、めだかを生きたまま飲むと治る。というものがあったそうです。)





ビニール袋に入れられためだかは、元気よく泳いでいました。




大きさは、今まで見た中で一番大きいのでは!?というくらい大きいりっぱなめだか。


↑たぶん、大きいのを選んでくれたんだと思います。




ビニールの中はめだかのフン茶色く濁って、本当においしそうでした(w)





その場にちょうど看護婦さんもいたのですが、


めだかを見た瞬間、目がテンになっていたのはゆうまでもありません。







私は昔からよく外で遊ぶ子供でした。



かくれんぼ、鬼ごっこ、虫取り・・・・・もちろん魚取りもしました。




その中でもめだかは可愛くて水槽で飼ったりしたこともありました。




可愛いめだか





食べちゃいたいくらい可愛い赤ちゃん



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





ごめんなさい。可愛くても食べれません。


私ウソつきました!!






有難いめだかは頂き、看護婦さんに頼んで近くの川に流してもらいました。





その2日後、私は無事赤ちゃんと共に退院することができました。





退院するまでの2日間、病院内の看護婦さんに舅は




     

『めだか親父』


と呼ばれていたのはゆうまでもありませんww


良かったら応援お願いしますv

ランキングに参加しています♪

結婚☆そして

姑のあの言葉の2日後、私達は結婚しました。


と、いうより勝手に婚姻届を舅に出されました。




結婚記念日というのは、ずっと大事にしていくものだとちょっぴりロマンチストな私は思っていました。


なので、婚姻届を出す日は何かのゴロ合わせとか、覚えやすい日にしたい。そう決めていたんです。




ところが、私たちの家(同棲していた部屋)へ突然舅がやって来て、婚姻届に署名・印を押させて届けてしまったのです


正直びっくりしましたよw


なので、私たちの結婚記念日はなんのゴロ合わせもない8/23になりました。


お腹の子供は4ヶ月を過ぎた頃、成長をやめてしまいました。




流産です。




私はそれほどショックは受けませんでした。正直、当時20歳だった私はまだ子供を持つということに自信がなかったからです。




こうして2人の生活は始まり、私達はとても幸せでした。




新婚生活を満喫し、実家にもあまりよりつかなくなっていきました。


姑・舅にも次第に慣れ、おかしな言動もたいして気にならなくなった頃、私はまたお腹に子供を宿ったのです。




新婚生活も順調に行き、子供まで授かり、本当に本当に幸せでした。



まさか、舅があんなことを言い出すとは思ってなかったので・・・・・



↓良かったら応援お願いします

人気blogランキングへ

怒涛の嫁姑戦争!?

はじめまして。はぐれ姑・舅観察日記☆純情派 管理人いちごです。


うちの姑・舅は世に言う、常識はずれという奴で友達に彼等の話をすると決まって


『変だよ・・・』といわれたりもします。



そんな彼等(姑・舅)の実態をじっくり観察し、日記としておさめていきたいと思います。


呼んでくださった方、ご感想などくださると嬉しいです。よろしくお願いします。




まず、家族の紹介から。


私 24歳

旦那 34歳

息子 2歳

娘 0歳

姑 64歳

舅 65歳




私が20歳の時、30歳の旦那と結婚。約1年後1人目を出産。23歳の時2人目を出産。


姑・舅とは長男が産まれてすぐ4ヶ月間同居をしましたが、現在別居していますが、週に1度遊びに行っています。(車で20分程度の距離です)何故別居したのかはまた別のお話で紹介したいと思います。




そもそも、何故姑・舅がおかしい!?と気づいたか・・・ですが


あれは、結婚前の話です。

私たち夫婦は元々できちゃった結婚というやつでした。



子供ができたことに気づいた私たちは、まず今の姑・舅に話をしに行きました。



そのときに言われた言葉が





姑:『ひろ君(旦那)無理やりやられたんじゃないよね?同意の元?』


でした。




普通言いますか?旦那が年下ならまだしも、10も上ですよ?


しかも当時私は19歳でした。

19歳の小娘が29歳の男を無理やりって・・・・





そこでおかしいと気づきながら、気づかないフリをしていた私もいけなかったのでしょう・・・




こうして怒涛の生活が始まってしまったのです。


↓良かったら応援してください

人気blogランキングへ