特別な関係を奪ったりしないと言っていたのに、またひとつ予期せず無くなっていった。
とても耐えられないと思いながら、愛が溢れては神の愛を存分に感じ、また地獄へ、その繰り返し。
時間が存在するなら、一時間に一度は聖霊からの声がやってきてもうどうにかなりそうだった。
この苦しさはきっとまだ続く。
私がそう思うなら。
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私たちはすでに「最後の審判」について論じたが、その詳細は不十分であった。
「最後の審判」の後は、もはや裁きはなくなる。
「審判」とは象徴的なものである。
なぜなら、知覚をこえたところに裁きはないからである。
聖書の中の「汝ら人を裁くな。裁かれざらんためなり」ということばは他者の実相を裁くなら、あなた自身の実相を裁くことが避けられなくなるという意味である。

マタイ7 ルカ6 37 マルコ4 24