罪を犯しても過去がない。
と言ったけど、
どうしたら罪を見なくてすむのか。
602#5
だが、憎悪は標的をもたなければならない。
敵が居なければ、罪に対する信もあり得ない。
罪を信じる者が、自分には敵がいないと信じられるだろうか。
自分を無力にした他者などいないと認められるだろうか。
理性はもちろん、そこに見つけられないものを、これ以上探さないようにと命じる。
だが、まず最初に彼は、罪が存在していない世界を知覚したいという気持ちをもたなければならない。
どのようにして自分にそれが見えるのかを理解する必要はない。
また、彼は理解しようとすべきでもない。
というのも、もし自分の理解できないものに焦点をあてるなら、彼は自分の非力さを重視することとなり、彼の敵は彼自身の中にあると罪から告げられるのを容認することになるだけだからである。
そうではなく、それが彼のために為されるように、彼が自分で決断すべき次の質問を、自らに尋ねなさい。
自分を支配する世界の代わりに、自分が支配する世界を、私は欲するだろうか。
自分が非力ではなく力をもつ世界を、私は欲するだろうか。
敵がいなくて、私が罪を犯すことなどできない世界を、私は欲するだろうか。
そして、真理であるがゆえに自分が否定したものを、私はみたいだろうか。
