影法師たち…
過去なんてないのだと散々思うが、ふわふわ。
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過去からの影法師こそが、あなたが逃れるべきものである。
彼らは実在せず、あなたが自分で彼らを連れ歩かない限り、彼らにあなたを左右する力はない。
彼らはあなたの心の中にいくつもの痛点をもち、もはや存在しない過去に報復するために現在において攻撃するようにとあなた命じる。
そしてこの決断は、未来の苦痛を選ぶ決断である。
過去の苦痛は幻想だと学ばない限り、あなたは幻想からなる未来を選んでおり、現在において見い出せるはずの解放のための多くの機会を失っている。
自我はあなたの悪夢を保存しようとし、あなたが寝覚めて悪夢は過ぎ去ったと理解するのを防ごうとする。
神聖な出会いを単に過去の自分との出会いとして知覚しているだけなら、あなたはそれを神聖な出会いと認識するだろうか。
というのも、そのときあなたは誰にも出会わず、救済の共有という、出会いを神聖にするものが視野には入らないからである。
聖霊が教える事は、あなたは常に自分自身と出会うのであり、あなたが神聖であるがゆえにその出会いは神聖だということである。
自我が教えることは、あなたは常に自分の過去と出会うのであり、あなたに夢は神聖でなかったがゆえに未来も神聖なはずはなく、現在に意味はないということである。
