愛の定義はある日ひっくり返ったけど、
こういう日に埋もれてもまた思い出せばいいと感じた。
421#5
欠乏の世界においては、
愛には何の意味もなく、平安は不可能である。
というのは、利得と損失の両方がうけいれられており、
したがって、誰も完全なる愛が
自分の中にあることを自覚していないからである。
聖なる瞬間においては、
あなたは自分の中にある愛の想念を認識し、
この想念を、それを思考して以来
それを放棄することできなかった心と
ひとつに結びつける。
その思考を、それ自体の中に
保持していれば、そこにはまったく損失はない。
聖なる瞬間は、このようにして、
損失ではなく完成を体験しつつ、
兄弟全員を自分の心の中に保持する方についてのレッスンとなる。
そしてその結果、
あなたはもはやただ与えるだけとなる。
そしてこれがすなわち愛である。
なぜなら、これのみが神の法則のもとで、
自然なことだからである。
聖なる瞬間においておいては、
神の法則が優勢となり、それのみが意味を持つ。
この世界の法則はまったく何の意味も持たなくなる。
神の子が自ら喜んで意志するものとして、
神の法則を受け入れるとき、
いかなる形においても、
彼が束縛されたり制限されたりすることはあり得ない。
その瞬間には、髪が彼に望む通りに自由である。
なぜなら、自ら束縛されることを拒否する瞬間、
彼はもはや束縛されてはいないからである。
