<ドラマ 燦爛なる黎明>
 
 
ワンポイントコラム
<韓国朝鮮の歴史トリビア>
233. 郵便制度とウピョ우표郵票
 
 
 
 
 
今週のNHK「チコちゃん」で切手に関する話題が出て来て気付きましたが、考えて見ると郵便に関する記事を書いて居ませんでした。
 
私は歴史も好きですが古い物自体も好きで、骨董品、小銭、古い切手なども好きです。
 
<閉館された逓信総合博物館>
 
朝鮮が植民地になる前の古い切手にも興味が有るのですが、小学生の頃、今は無き東京の『逓信総合博物館』に朝鮮王朝時代の切手が収蔵されて居るのを発見したのですが、宝物を発見した様で、とても興奮した記憶が有ります。
 
国が滅びずに継続してお金も切手も発行されてたら…と思う事が有ります。
 
<韓国の切手>
 
今日は我が国の郵便と切手に関する話題を。
 
まず近代郵便の歴史ですが、1840年ローランドヒルという人の提案により、イギリスで初めて近代郵便業務が始まりました。
 
<ペニーブラック>
 
世界最初の郵便切手「ペニーブラック」の発行を伴ったことから、この郵便制度は通称「ペニー郵便制度」とも呼ばれました。
切手を使用して国内単一料金及び前払い料金、万国郵便連合による通関業務の標準化、公平な郵便物の取り扱い、通信の秘密などが保障されて居ます。
 
<開花派>
 
我が国で郵便と言って思い浮かぶのは1884年「甲申政変」です。
近代郵便の必要性を実感した開花派により、日本に遅れる事10年、中国より先に「郵征総局」が設置され近代郵便事業が開始されましたが、「郵征総局」建物落成式の日に「甲申政変」を決行。
その結果14日ぶりに廃止されてしまいました。
 
 <ドラマ 朝鮮ガンマン>
 
1894年の「甲午改革」により郵便事業が再開され、1900年には「大韓帝国」で万国郵便連合に加盟。
1905年の乙巳保護条約により資格停止となりましたが、解放後大韓民国がその地位を継承して今に至ります。
 
<共和国の切手>
 
ちなみに共和国は1974年に正式加盟しました。
カラフルでユニークな切手が世界中の切手蒐集家に人気です。
 
近代郵便の特色は言うまでも無く「切手」の存在です。
「切手」とは江戸時代の「切符手形」の略で、元は有価証券(商品券)全般を意味しました。
それが近代になり現在の郵便切手に限定されて使用される事になったのです。
 
<日本初の切手>
 
朝鮮では「郵票ウピョ우표」と呼びます。
旧朝鮮・韓国のウピョの種類を簡単に述べます。
 
 
❶ムンイ(ムニ)ウピョ文位郵票
 
<ムニウピョ>
 
初めて作成された切手は現在「ムニウピョ文位郵票」と呼ばれる切手です。
当時の貨幣単位「文ムン」の単位の切手なのでそう呼ばれます。
当時、まだ印刷技術が無かったので、日本の大蔵省印刷所で印刷されました。
 
1884年11月18日発行されましたが、先ほどの甲申政変により発行2週間で使用中止。
しかも高額面である25、50、100文の切手は使用される事も無く、未発行状態でドイツ切手商人に安値で売られました。
実際に使用された切手はたった17枚しか見つからず、現在では低額の5、10文切手が最も高価だそうです。
消印付きの切手は天井知らずの高額だそうです。
 
 
❷テグクウピョ太極郵票
 

<テグクウピョ>

 
テグクウピョ太極郵票は我が国で2番目に出てきた切手です。
1895年乙未改革で郵便事業が再開された時に出た切手なので意味が深いと言えます。
事実上、朝鮮で本格的に使われた最初の切手です。
アメリカで印刷されました。
 
< 錢位添刷ウピョ>
 
この切手は、幾つかの亜種・変種が存在し、貴重と言われて居ます。
その変種はいわゆる錢位添刷」전위첨쇄と呼ばれて居ますが、貨幣単位や国号を変えたにも関わらず、未だ新しい切手を製作できず、既存に残っている太極切手に貨幣単位と額面、国名を書き直した切手です。
 
< 錢位添刷ウピョ>
 
 
❸リファウピョ李花郵票
 
この切手は1900年に発行され、大韓帝国の国花で有るスモモの花を描いたのでそう呼ばれます。
印刷色と額面の多様化を試みた最初の切手と評価されて居ます。
 
<リファウピョ>
 
李花郵票リファウピョの切手は、絵柄が繊細で印刷鮮明度も高く、すばらしい切手と評価されて居ます。
我が国で印刷された最初の切手です。
 
 
❹トクスリ(鷲ワシ)ウピョ郵票
 
この切手は1903年発行されました。
先に発行されたリファウピョ李花郵票の多様性コンセプトを受け継いで、フランス人顧問クレマンセを迎え入れ、本格的に外国コレクターを狙って発行された最初の切手です。
 
<トクスリ ウピョ>
 
外観を見ると、切手の模様や仕上げがとてもきれいです。
フランスで印刷されており、現在の切手印刷工程と大きな差が有りません。
 
韓国郵便は乙巳保護条約により、日本に強制接収され、韓国切手も1909年8月までは使用が許可された後、使用禁止を受けてしまいました。
 
<解放後初の韓国の切手>
 
最後に、当時開花期の朝鮮に於ける郵便用語について述べたいと思います。
 
「社会」「民主」など近代用語を日本から輸入する事が多かった我が国ですが、郵便用語を制定するに於いて、独立自主精神を発揮して、独自の用語を制定する事にこだわりました。
 
❶切手をウチョ우초と名付けました
 
今では通じませんが、ウチョとは郵便の「郵」と、「写す」という意味や「紙幣」という意味があるという「チョ(鈔)」と言う言葉を合わせて制定したと思われます。
 
<解放後初の共和国の切手>
 
「韓国郵政100年史」を見ると、「우초ウチョ」という用語自体に大きな意味が有ると有ります。
何故なら、我が国の郵便制度は日本の影響を多く受けたにも関わらず、独自の用語を制定したからです。
 
我が国の近代郵便制度は、郵征総局の初代統監で有った開花派のホン・ヨンシクが国王高宗に、米国と日本の視察後に郵便制度の必要性を力説した事から始まりました。
 
<ホンヨンシク>
 
日本から持ち込んだので、郵便用語も日本の物をそのまま使用しそうな所ですが、そうしなかったと言う意味で彼ら開花派の独立自主の気概を見る事が出来るのです。
 
ちなみに、「ウチョ」は1894年の再開時に「ウピョ郵票」に変更されました。
 
 
❷ウジョンチョングク郵征総局
 
<郵征総局>

 

ウジョンチョングク郵征総局の名前が特異です。

 

他にも郵便は郵征、書類は謄記、特使配達は別分伝、郵便箱はウジョンクェハム郵征掛函、配達夫は郵逓クンと名付け、他にも集信、分伝、郵囊などの独自の用語にこだわりました。
 
<郵征総局の建物>
 
特に、郵征総局で「ウジョン郵征」という漢字が今使われる「郵政」ではなく、『郵征』と言う点が珍しいです。
 
「郵政」では無く、敢えて『郵征』とした理由は今ではミステリーだそうです。
 
<共和国の切手>
 
当時周辺国を調べると、中国は郵政局と表示し、日本は中央機関を驛遞局、下級機関は郵便局としました。
 
我が国では「郵征総局」の前に「郵程司」と言う言葉を使いました。
 
研究者は「征」の意味、すなわち「税を受ける」という意味を考える時、料金をもらい親書を伝えるという意味で「郵征」と書いた物と見られると主張して居ます。
 
この様な独立自主精神、見習って行きたいです。
 
<韓国の記念切手>
 
<参考文献>
한국민족문화대사전
나무위키 
주간경향 우정이야기 우초(우표)를 아십니까
대한민국 최초 우체국 ‘우정총국’, 128년 만에 부활
 
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