ワンポイントコラム
<韓国朝鮮歴史のトリビア>
178.シルム相撲
前々回柔道について述べた流れで、今回は我が国の民俗競技シルム相撲について語りたいと思います。
日本で相撲が国技な様に、韓国朝鮮でもシルムは国民的なスポーツです。
2017年韓国で無形文化財に登録された後、2018年11月には南北共同でユネスコ人類無形文化遺産に登録されました。
日本の相撲とは違い、ズボンの上からサッパ샅바と言うまわしを付けて競います。
二人の選手が相手のサッパを掴んで、脚の技術や腰技術などで相手を倒すゲームです。
日本の相撲と違い、押し出しは有りません。
足の裏を除く身体のどの部分でも、先に地面に触れると負けです。
とても単純なゲームではありますが、
むしろ一瞬の間違いや体重の偏り、姿勢の崩しがすぐ勝敗に直結されるので、非常に短い瞬間に多くの心理戦と複雑な技術が行き来するスポーツと言えます。
レスリングや柔道とも共通点は多く、技も似た部分が有りますが、異なるのは、
手の戦いや襟を掴んでの戦いがなく、相手の腰に結ばれたサッパ(まわし)を競技開始前から持って試合を開始する点で、その為所詮は力の戦いでは無いかと貶めたりする声も有ります。
しかし、手を回した状況でのテイクダウンの攻防は世界的な水準です。
柔道やレスリングは、相手に捕まえられずにスコアで試合を覆す事が出来ますが、シルムは基本、手を離す事無く最後まで敵を倒す必要が有ります。
そのルールの為、シルムの選手にとってはバランス感覚が非常に重要で、反撃する事は技術とバランス感覚なしには不可能です。
過去、韓国の柔道選手がシルムを学んで腰帯を掴む技術を柔道に応用し、外国人選手たちが生まれて初めて見る技術に対応出来ずかなり効果的だったと言います。
シルムの格闘技術は、元は「內局:ベジギ」「外局:トゥンジギ」「輪起:タンジョクコリ」などに区分され、単調でした。
しかし、シルム競技が民俗遊戯から抜け出しスポーツとして定着し発展するにつれて、その技術も多角的に向上しました。
韓国では1983年9月に「大韓シルム協会」と「韓国民俗シルム協会」の統合に基づき、技術用語の統一作業が進められました。
最終的に54の技術を確定し、ハングル学会の承認を経て、1984年のシルム協会理事会で可決、確定しました。
シルムの技術の根本は心身の力と体力であり、その原理は内部の力と外部の力の道筋を元にした臨機応変な力の状態を意味します。
シルムにおける攻撃と防御、返り討ちの技術は相手の力に逆らわず、その力を利用すると同時に自分の力を合わせて相手の体を移動させる物で、技術の種類は大きく
❶手技・❷脚技・❸腰の技・❹合わせ技に分けられます。
❶まず、手技としては
① 前膝打ち 앞무릅치기
② 前膝掴み 앞무릅짚기
③ 前膝返し 앞무릎뒤집기
④ 膝引き 오금당기기
⑤ 前膝突き押し 앞무릎짚고 밀기
⑥ 後ろ膝掴み 뒷오금짚기
⑦ 横膝打ち 옆무릎치기
⑧ まめ折り 콩꺾기
⑨ 腕掴み回し 팔잡아돌리기
⑩ 前足上げ 앞다리들기
⑪ 手掴み 손짚이기
の様な技術が有ります。
❷次に脚技として
① 大外掛け 밭다리걸기
②大外刈り 밭다리후리기
③ 大外巻き返し 밭다리감아돌리기
④ 内掛け 안다리걸기
⑤ 膝掛け 오금걸이
⑥ くわ掛け 호미걸이
⑦ 釣り掛け 낚시걸이
⑧ 後ろ脚首掛け 뒷발목걸이
⑨ 後ろ軸掛け押し 뒤축걸어밀기
⑩ 脚首掛け上げ 발목걸어틀기
⑪ 前脚蹴り 앞다리차기
などの技術が有ります。
❸腰の技としては
① 腹負い 배지기
② 右腹負い 오른배지기
③ 合い腹負い 맞배지기
④ 尻腹負い 엉덩배지기
⑤ 回し腹負い 돌림배지기
⑥ 持ち腹負い 들배지기
⑦ 持ち置き 들어놓기
⑧ 持ち抱え置き 들안아놓기
⑨ 回し放ち 돌려뿌리치기
⑩ 空中投げ 공중던지기
⑪ 腰折り 허리꺾기
⑫ 押し投げ 밀어던지기
などが有ります。
❹最後に合わせ技として
① 合わせ前膝蹴り 모둠앞무릎차기
② 蹴り回し 차돌리기
③ 膝付け回し 무릎대어돌리기
④ 肩引っ張り 등채기
⑤ 肩上げ巻き回し 등쳐감아돌리기
⑥ 肩上げ巻き付け 등쳐감아젖히기
⑦ 長掛け 연장걸이
⑧ 掴み引っ張り 잡채기
⑨ 足首掴み引っ張り 애목잡채기
⑩ 上げ掴み引っ張り 들어잡채기
⑪ 横引っ張り 옆채기
⑫ 負い投げ 업어던지기
⑬ 背負い投げ 어깨넘어던지기
⑭ 尺半ひっくり返し 자반뒤집기
⑮先掴み打ち 샅들어치기
⑯ 前押し 앞으로누르기
⑰ ギュッとひっくり返し 꼭뒤집기
⑱ かん抜き掛け 빗장걸이
⑲ 膝掴み 무릎틀기
⑳ 罠掛け 덫걸이
などが有ります。
具体的な技の説明は省きますが、日本の相撲や柔道などの格闘技とも共通点が多く、朝鮮での柔道人気にも結び付いて居る事は柔道のコマで述べました。
高句麗壁画古墳にシルム相撲ムドム塚と呼ばれる古墳も有り、壁画に描かれても居る様に、高麗期までは武術として盛んに行われました。
朝鮮王朝時代には長らく戦争が無かった事も有り、文治主義によって実戦武術と言うよりは一種の遊戯、すなわちスポーツの概念で広く行なわれました。
高麗時代、王も観覧する国の主管でのシルム大会を開き、優勝した力士に米を賞品として渡して勇者と称し、王を護衛する官職を与えました。
朝鮮王朝時代にも、国の主管で大会を開いて良い成績を挙げたシルム選手たちに賞品を与えたり、武芸練習種目にシルムが含まれたりしたとの記録が有るので、それなりにシルムを重要視した模様です。
そのシルム相撲の命脈は着実に引き継がれ、朝鮮後期には端午と正月、地域別に小規模な試合が開かれ、優勝商品は牛でした。
そんな訳で韓国では、今でもトロフィーはウシのデザインです。
この様に全国的に行われたシルムが現代のスポーツとしての体裁を備えたのは、
1927年朝鮮シルム協会の創立と
フィムン高校で開催された
「第1回全朝鮮シルム相撲大会」で、
現在の様に階級を分けるなどの細かいルールの定めは有りませんでしたが、地域別に差異があったシルムのルールを統合して、現代シルムの形式を規定した最初のプロ格闘シルムでした。
その後もシルムは着実に行われましたが、
すでに3.1独立運動に悩まされた経験が有る日本は、シルムの大衆的な熱狂が反日の新しい火種になり得るとしてシルム競技を危険と考え、
1941年の「第6回全朝鮮シルム選手権大会」を最後に、もはや開催を中止させ、解放までさせませんでした。
しかし光復後、1946年には朝鮮相撲協会は名称を「大韓シルム協会」に改称、
翌年「全国シルム選手権大会」で再びシルム大会を開催し始め、1956年に開かれた「第12回大会」から階級制を導入する事により、韓国シルムは全国民が熱狂する現代のスポーツとして新たに跳躍する事になりました。
韓国でシルムは着実に大衆の支持を受け、相撲がプロ化される以前の1950〜60年代には祝日、地域毎に相撲大会が開かれました。
当時全国を回り、牛を当てるセミプロ選手たちも居たと言います。
人気が盛大だった頃は、トンネ(町村)単位で大シルム大会も開かれました。
特に、大規模なトンネのシルム大会が開かれる時には、名の有るヒムチャンス(力自慢)たちは賞品の牛目当てで、こぞって参加したと言います。
1970年代には牛に代わり、賞金を賞品として与える事になったそうです。
1983年、初のプロリーグ「天下チャンサ」大会が始まり、リマンギなどのスターの登場で大きな人気を得ましたが、1990年後半に入り、他スポーツの隆盛、スターの不在、「技を以って柔よく剛を制す」の精神よりも体格の大きな者が勝利する体格優先の傾向が続き、プロリーグは没落を招きました。
特に八百長まがいの「勝負遅延事件」が発生し、没落が決定付けられました。
この事件を契機に視聴率は下落、人々はプロシルムを見放して行き、スポンサーも激減するなど低迷が続きました。
現在、2019年より突如ネットでシルムブームが到来し、熱い視線を集めて居ます。
韓国では上半身裸で相撲をとりますが、シルム力士たちのモムチャン(逞しい身体)が女性たちの熱い視線を集め、新たなファン層を呼び起こしているそうです。
シルム協会の新たな努力と挑戦も有り、今後の推移が見ものです。
<シルムのアイドルスター力士>
尚、共和国ではプロリーグまでは行きませんが、朝鮮シルム協会の主導の元、解放後シルムは変わらず大きく人気を博しおり、
大会が開催されTV中継も行われるなど、シルム人気は健在です。
現在でも共和国では優勝者にファンソ(黄牛)を優勝賞品として与えます。
前述の様に、2018年11月アフリカのモーリシャスで開催されたユネスコ無形遺産保護条約政府間委員会 第13回会議にて、南北の共同登録方法によりシルムがユネスコ人類無形文化遺産に登載されました。
それまでの登載方式は、類似または同じ物でも南北が別々に、個々の案件として個々の登録がされて居ました。
<シルム競技大会 ポスター>
しかし、シルムは2016年6月と12月に南北が別々に登載申請をしましたが、南北朝鮮のシルム文化が共同体の社会的・文化的共通点があり、平和と和解の為の次元として、共同登録する事を委員会で全会一致で可決、共同搭載される事になりました。
今後、南北間で交流を深め、民俗競技で有るシルムを、より発展させて行く事を心より祈ります。
<参考文献>
한국민족문화대사전
나무위키
한겨레 남북한, 씨름 인류무형유산 첫 공동등재
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