ワンポイントコラム
<韓国朝鮮歴史のトリビア>
174.王の日課について
 
 
 
貧乏ヒマ無しと言いますが、そんな時誰にも指図されない王様になりたいと思いませんか?
 
しかし韓国史劇ドラマを観ても分かる様に、以前朝鮮王朝の歴代王様の寿命が案外短かった事を書いた事も有りますが、王様の日常生活はストレス一杯で忙しい毎日でした。
 
 
一言で過酷な労働だったと言えます。
よって、平均寿命が47歳位だった事も納得が行きます。
 
↓↓↓記事はコチラ↓↓

 

今回は王の日課にスポットを当てて見ましょう。

 
朝鮮王朝時代の王の1日は、24時間では足らない位、余りにも短かったと言えます。
 王は国の秩序の中心でしたが、休む間も無く、忙しく政務を見ていたと言えます。
 
そもそも、休日は有ったのでしょうか?
 
 
王はお正月正月テーボルム(小正月)、チュソク秋夕などの日に休みました。
正1品以上の臣下の葬儀で3日、正2品で2日程度休みました。
 
朝鮮王朝時代の王は、士大夫官僚の権限強化により以前の時代に比べて王権が多少弱まりましたが、 「王」が持つ象徴的な意味はそのまま維持して居ましたからとても多忙でした。
 
 
朝鮮王朝時代には太祖から純宗まで全27人の王がおり、この内端宗燕山君光海君は半ば王位を追われ君に降格されたので、本当の意味の王として一生を終えた人は24人です。
 
これらの王たちの業績•事件など表面的な姿は、ドラマや映画の時代劇などを通じて広く認識されていますが、実際彼らの日常的な生活がどうだったのかは断片的のみで、さほど知られて居ません。
 
 
 王の1日は、朝•昼•夜•夜の4つに区分する事が出来ます。
 王が処理する執務は1万種類にもなるほど多いと言う意味で「萬機マンギ」と呼びました。
 
王の一日は、朝には臣僚たちから政治を聞いて、昼間は王を訪ねて来る訪問客に会って、夕方には朝廷の法令を検討して過ごしました。
夜として暇では有りません。
 忙しくて押された業務や、個人の研究、自分を見つめる王妃を含む後宮などを癒す仕事まで有りました。
 
王の1日をタイムテーブルで見ましょう。
 
 
朝5時:執務開始
    
王は日が昇る前に起き、まず洗面を終え、服を着替えて軽くお粥重湯を口にしました。
 
そして、目上の人への挨拶で一日を始めます。
まず、大妃大王大妃に挨拶を上げ、直接挨拶を上げる事が出来ない時は代わりに宦官を送ります。
 
<学習 キョンヨン經筵>
 
7時〜9時:キョンヨン經筵開始
 
夜が明ける頃、大体7時位から王は弘文館の官吏たちと学問の議論、兼政治討論の『キョンヨン經筵』と言う学習に参加します。
朝に行われるキョンヨンを『朝講チョガン』と呼びました。
 
 
9時:朝食
 
キョンヨンが終わったら、9時に朝食を摂ります。
 
 
10時〜12時:朝会
その後、朝会を開始します。
 
王の公式執務はここからです。
朝会には、文武百官がすべて参加する正式朝会(チョチャム朝參)が月に4回と、毎日実施する略式朝会(サンチャム常參)が有りました。
 
 
<様々な統計>
 
朝会であるサンチャムが終わったら、承旨を始め公務がある臣僚から業務の報告をもらいます。
 
 この時には必ず史官が同席して、王に関する受け答えを史官が直接聞いて記録します。
実録などの執筆の為です。
 
<チョチャム>
 
業務報告を受けた後、続いて朝会に参加出来なかった各行政官僚に会います。
この時、官僚は1日5人以下に制限し、文臣は6品以上、武臣は4品以上でした。
これが大体午前中いっぱい掛かります。
 
 
12時:昼食
 
その後は、12時に麺、饅頭(餃子)、トックなどの軽めの昼食を摂ります。
この為、朝鮮語ではお昼を点心チョムシムと呼びます。
 
 
1時〜3時:昼講及び午後の政務
 
王は、昼食を簡単に済ませると、1時より「昼講チュガン」に参加して、再度学問を身につけます。
その勉強終了後は、地方官に発令されて、任官しに地方に下る臣僚や地方から中央に昇進して来る官僚に会います。
 特に八道の観察使(知事)や重要な地域の守領は、王が自ら会って業務を依頼し、その地域の民の苦情(民願)を聞いてあげる必要が有りました。
 
 
3時:おやつ참チャム站
 
3時におやつ「チャム」を摂ります。
チャム、セチャム새참とは、元々ヨクチャム驛站の略で、休憩の空間を意味しました。
お餅、お菓子、麺類、饅頭(餃子)類などの軽めのおやつを摂りました。
 
<朝鮮王朝時代のセチャム(おやつ)>
 
3時〜5時:夜の打ち合わせ
 
 午後3時から5時までの間には、夜間に宮殿の護衛を引き受けるの兵士たちと将校宿直官僚の名簿を確認し、夜間の暗号(パスワード)を与える仕事などをしました。
 
予備日には、この時間を利用して狩猟、アーチェリー、撃毬などの肉体訓練をしました。
 
 
6時:夕飯
 
<チャングムの誓い>
 
7時〜8時:夕講ソクカン
 

 王は夕方になると夕講ソクカンに出席しなければなりませんでした。
その後も日中の業務が押されている場合、夜間執務を見ます。
無い日には休憩や読書をしました。
 
 
9時〜11時 

 

9時から軽い夜食を摂りました。

これをヤチャム夜站と言います。

粥や饅頭(餃子)などです。

 

 そして寝る前にまた大妃大王大妃などに挨拶を申し上げ、これにより王の公式一日が終わります。
 
ここで王は、王妃を始めとする後宮などの周囲の多くの女性たちにも関心を払う必要があります。
朝廷の業務に劣らず、代を継ぐ王孫の出産がそれほど重要だったからです。
 
<王妃の服装>
 
この様な日課以外にも、非公式な業務が有りました。
王は公的な執務のほか、無数の非公式行事国家祭礼などにも参加しなければならず、また大小臣僚たちと全国の両班、一般農民や奴婢が上げる嘆願書にも目を通す必要が有りました。
 
 
午後11時:就寝
 
就寝が早い様に感じますが、起床が5時前で有り、近代以前としては遅い方だったと言えます。
 
余談ですが、正祖チョンジョは学習や科学の趣味など、毎夜1時〜2時まで夜更かししたそうです。
 
<王の服装>
 
こんな感じで王は毎日、多忙な生活をして居た事が分かります。
史劇ドラマを観る時に、こんなスケジュールを念頭にご覧になって下さい。
 
 
 
<参考文献>
조선시대 왕의 하루
조선시대 왕이 오래 살지 못한 이유
 

#韓国ドラマ #韓国時代劇ドラマ #韓国映画

 愛のムチならぬ愛のポチお願いします ↓

 にほんブログ村 テレビブログ 韓国ドラマへ  PVアクセスランキング にほんブログ村 

ブログ村参加して居ます↑

韓国・朝鮮よもやまばなし - にほんブログ村