中咽頭癌の発症と治療

 平成18年頃から飲食すると、時折喉に違和感があったが、そのうちに直るだろうと安易な気持ちで放置していた。
 その違和感が一向に改善する気配がなかったため、2年後の平成20年の暮れに胃がんの定期健診と併せて外科でCTやMRIなどの検査を受けたが画像上何ら異常は見当たらないと診断され、安堵と不安の入り混じった気持ちで経過を見守ることにした。

 ところが日が経つごとにのどに痛みを伴うようになり、平成21年8月、同じ病院の耳鼻科の診察を受けたところ、喉頭癌の疑いがあると診断され、放射線治療設備の整っている横浜市立大学病院(市大病院)を紹介され、その日のうちに入院手続きがとられた(診察した医師が市大病院に所属いていることから、入院手続きがスムースに行われたものと思う。)

 数日後、市大病院に入院し再度CTやMRいの検査を受けたところ、中咽頭癌と食道癌が確認された。今後の治療方針として、病状の比較的進んでいる中咽頭癌を先に治療することとされた。また、治療には外科手術と放射線治療があるが、胃癌の前歴があることや喉の周辺には神経が集中しているため外科手術は難しいことなどから放射線を患部に照射して癌細胞を死滅させる治療は行われることとされた。
 放射線治療は、老若男女を問わず、同一部位は生涯一度だけ、放射線の照射時間は一回15分程度で40回が限度とされているそうで、それを超えると多臓器に機能障害が生ずる恐れがあり、いわゆる外部被爆状態となる可能性が高まるため、限度を超える放射線治療は行っていないとのことであった。

 このような治療制限の中で、平成21年8月末、喉は40回、食道は30回照射することとされた。照射時間は12~3分と短いが、副作用による事故などの懸念があるので入院して治療を行うこととされ、喉の治療終了後は一旦退院し、それまでの治療によってどうしても起こる免疫力の低下や体力の減退を栄養剤の補給によって回復させ、喉の照射終了から概ね1ヶ月後に食道の照射が行われることとされた。

 喉の治療は、手術によってすぐにでも直るものと楽天的に考えていた。それというのも平成7年の胃癌の手術が順調で、その後も転移などがなかったため、今回の治療も安易に考えていたのかも知れない。
 しかし、喉の手術は、あたかも機械を修理するがごとくで、平たく言えばあごや舌をとりはずした後、患部を切り取るというもので極めて難しい手術であるという。
さらにこの手術を難しくしているのは、脳につながる神経はすべて喉を経由しているためである。
先進医療として行われている病院はあるが、神経を傷付けないで行われた手術の成功率は20~30%で極めて難しい手術の一つであるという。そして喉の治療は医学の進歩が遅れている分野でもあるようである。

喉の照射は当初40回とされていたが、経過観察などから、39回の照射で終わりその後、栄養剤を補給し、平成21年11月13日退院した。
 この後は食道の放射線治療を待つことになる。

食道の治療は、12月初旬から行われる予定であったが、病床が満床であったため平成21年12月24日に入院したものの、放射線の治療は翌年の1月から行われた。
 この間年末年始の休みと機器の検査などから治療ができず12月28日から1月11日まで外泊することになった。そして外泊が終わり、1月12日に病室へ入る前に行われる検温などの簡易検査を受けたところ、感染症である帯状疱疹を発症していることがわかり、すぐに隔離病室(個室)に移され、1月18日までは病室を一歩も出ることは許されず、つらい一週間の毎日であった。隔離病室から一般病室に移された後、放射線治療も再開されたが、その治療と平行して行われる検査の結果、免疫力が低下していることが判明した。このため、入院によるストレスをなくし免疫力の回復状況を血液検査(ヘモグロビンの数値)により確認しながら、引き続き通院により治療を行うこととされた。食道の治療は、想定外の事態が加わったものの平成22年2月14日をもって終わり、放射線治療69回の全日程を終えることができた。
 放射線の担当医からは、治療限度の照射回数のなると副作用などから途中頓挫する患者が多い中でよく頑張ったといわれた。
 放射線治療すべてが終わった後の経過観察の中で体力や免疫力の低下が著しいことから、数回の輸血により、この危機を乗り越えることができた。

 平成22年は年明け早々あわただしかったが。その後は月に数回の経過観察のための通院で終わり、目立った動きはなかった。

 平成23年に入り、1月4日に耳鼻科では、素人にはどのような検査かよくわからないが「ポジトロン断層撮影検査」(通称PET検査と呼ばれCTよりも詳細な画像による検査)を、外科では経口内視鏡検査を受け、一週間後、中咽頭癌および食道癌の再発が見られるとの説明を受けた。
 今後の治療としては、「治療方法がない」ので薬物による化学療法と緩和ケアによることになると言われた。しかし、これらの治療は病気の進行を遅らすことで癌細胞を死滅させる方法ではないとの説明を受け、一時呆然となり、何をする気にもならず気力が吹き飛んだような思いであった。
 それでも執拗に他の方法がないか主治医に尋ねたところ、同じ放射線治療であるため、治療が受けられるかどうかわからないが、「サイバーナイフ」という専門病院があると紹介されたので受診する旨を伝えたところ、主治医からは「紹介状」とCT・MRIの画像がコピーされたDVDが手渡された。

 平成23年1月26日にサイバーナイフ(石心会 新緑脳日神経外科 横浜市石沢町)へ行き、担当医(市大病院所属の放射線科女医 週に一日のみサイバーナイフで勤務)の説明によると、一度放射線の治療を受けていると通常は治療できないが、市大病院で病状を調べたところ、何とか治療は可能であるが副作用が以前より強くなる。それでも治療を受けるかと念を押された。
 説明をひと通り聞いた後、市大病院の放射線治療とサイバーナイフのそれとでは何がどう違うか尋ねたところ、市大病院の治療は一般的に行われているもので、患部の周辺臓器に影響を与えない範囲で広く浅く放射線を照射して癌細胞を撲滅し、転移を防ぐものである、サイバーナイフの治療は定位治療法と言われ、患部の一点を強力に集中して癌細胞を死滅させるものであるという。

 その後、サイバーナイフの担当医が照射する範囲、深さなどを治療方針として定め、その内容の説明を受けた。それによると2月4日から2月10日までの5日間、1回の照射時間は30分とされた。照射する範囲や深さなどの計算についても説明があったが、とても理解できるようなものでなく、医師からもこの計算には相当の時間を要するとの話しがあった。
そして、2~3日後に院長から再度説明があった後 治療を受けるか否かの確認を求められたので同意書に署名捺印し、治療が開始された、サイバーナイフへのアクセスは悪かったが、相鉄線上星川駅と二俣川駅から病院の患者専用の無料バスが運行されていたため、同行の妻共々容易に通院し、治療を終えることができた。

 サイバーナイフの治療終了後、市大病院に戻り、鼻からの内視鏡の検査、血液検査などの簡易検査により経過観察が行われた。その結果、患部は見事に焼却され、血液データも良好であったため、当分この観察を続けることになり、ひとまず安堵した。
 平成23年5月26日に食道癌の経過観察の一環としてPET-CT検査を受けたところ、食道癌が再発していることが判明したので、6月8日(67歳の誕生日)に入院し翌日「内視鏡的粘膜剥離手術(患部に内視鏡で生理食塩水を注入し、盛り上がったところを こそげ取る切除手術)を受け、3日間の絶飲食を経て6月14日に退院した。
 その後も内視鏡やエックス線CT、PET-CT、血液検査などにより経過観察が行われたが、食道癌については再発の兆候は見られなかった。
 後にきがついたことであるが、平成23年2月初旬に行われたサイバーナイフの治療以後、耳鼻科では鼻からの内視鏡の軽易な観察のみで、食道癌のようなCTやPET-CT検査、観察、治療が行われなくなったことである。新年早々に中咽頭癌の再発が確認され薬物による化学治療の方法しかないと判断した結果として、病状の進行に気をつかわなくなったのであろうか。このように思っていることが、医師を信頼していないことになり患者のひとりよがりといわれても返す言葉がない。

 平成23年10月24日になってようやく耳鼻科主治医の依頼をうけて准教授によって喉の生検(内視鏡に装備されているはさみで患部の組織を一部切り取って行う検査)を受けたところ、一週間後に再発していることが確認された。
 このため、再度「サイバーナイフ」で治療の可能性について相談してみてはどうかと言われ、紹介状とDVDが手渡された。
 11月2日に再度「サイバーナイフ」で治療の可能性について尋ねたところ、説明の担当医(前回と同様 横浜市大病院の医師)は、前回の治療も多少の無理をして治療を行った。横浜市大病院の放射線治療を含めて3回目となると、治療の原則から大きく乖離しており無理であると断言された。
 
 食道癌については、その後も血液検査やCT検査、内視鏡による経過観察が行われたが、再発の徴候はみられなかった。

 中咽頭癌の治療については「サイバーナイフ」の放射線治療が困難で(あることが判明した結果、今後の治療としては①気管切開手術(注1)②胃ろう又は腸ろうの造設手術(注2)が必用であると言われ、平成23年12月5日および12日に血液検査、心電図レントゲン等の検査を受け、手術が可能であると判断され12月14日に入院した。
 (注1)気管切開手術…舌の付け根下の患部が盛り上がり口や鼻からの呼吸が難し くなり 窒息する可能性があることから、患部の下部に穴を開け呼吸が容易に出来るようにするための手術
(注2)胃ろう又は腸ろう造設手術…患部が盛り上がってくることによって呼吸だけでなく飲食も難しくなるため、食事は管によって胃へ運ぶ(流動食)手術が必用であり、胃へ運ぶのが無理であれば腸へ運ぶ手術が必要である。この両者が無理であれば鼻から管で注入する方法がとられるが、顔面を管が走っていいると見栄えが悪い。

 入院の翌日には気管切開手術が行われ、局所麻酔で約1時間の手術であった。
切開した喉の跡にはビニール管(カニューレという。)が埋め込まれ傷跡が落ち着くまでの約1週間は声の出ないカニューレが使用され、その後は声の出るカニューレに切り替えられた。手術後、食事は3食ともゼリーでほとんど食べることは出来なかった。

 麻酔のまだ覚めやらぬ間にも明日の胃ろう造設手術の準備が行われた。麻酔科の医師から手術の概要とそれに伴う麻酔の調整の説明を受けた後、動脈からの血液検査を行うための採血が行われた。
 通常血液検査は腕などの静脈によって行われるが、いずれの場合も検査内容は概ね同じである。それでも動脈からの血液検査が行われるのは、静脈から得られないデータが得られることやデータの内容が鮮明であるという。
動脈は体の深い部分を通っているので採血する場所は股間の内側の動脈から採血された。動脈の血液は濃くそして勢いよく流れていることから、止血処置を万全にするとともに止血するまで看護師の監視が続いた。

 胃ろう造設手術は、開腹手術と内視鏡による手術があるが今回は患者の体力負担軽減から内視鏡による手術は気管切開手術が行われた翌日に行われることとされた。
局部麻酔により内視鏡の手術が進められたが、約1時間にわたって内視鏡で調べたところ、胃の中からは、腹の皮を通じての外光は確認できないことから手術は中止と決まった。
胃の中へ外光が確認出来ず暗くなっていることは、ほとんどの場合、胃と他の臓器が癒着していることが多く、このままでは手術できないということであった。このため、入院を延期し、体力の回復を待って「胃又は腸ろう」造設手術が行われることとされた。この間検査等はなく年末年始にもなっていたので、平成23年12月29日から翌年1月9日まで外泊し、1月10日に手術が行われることとされた。

 内視鏡による手術ができなかったことから、今回は開腹手術により、胃の癒着があれば胃ろうを、それが無理であれば腸ろうを造設することとされた。胃のほうが優先されるのは、胃の中に流動食を一時的に貯めておくことができるため、一食分ほぼ1時間で流し込むことができる。一方、腸には食物の保管機能がないため、流動食の栄養を吸収するまでゆっくり時間をかけ、そして絶えまなく流さなければならず、3食分の流し込みは24時間にもなるそうである。

 いよいよ手術だということで手術着に着おえたところで、手術は中止となった。中止の理由は、前日の血液検査から「炎症反応」がみられ、誤えん(飲食物が肺に入ること)により、軽い肺炎を起こしているのではないかと思われ、手術を中止することにしたとの担当医の説明であった。