こんにちは〜
今回は朝井リョウさんの正欲を読了しました
ここからはネタバレも含みます
なかなか、感想をどう書くか悩むところなんですけど
この本を読んでみると性に関して自分が圧倒的にマジョリティに属していることに気づかされます
性というただでさえデリケートな部分のマイノリティな性癖をもつことへの苦しみ
私には到底理解できない
けどその目線から物語を読んだことで
結局世界はマジョリティ側が設定した多様性の中にいるのだなぁと思いました
性ではないけれど私は身長が高いことをずっと悩んできました
それも世の中のマジョリティ、普通の身長の女性の枠に入れないことへの恐れ
それに加えて持病があったり、子どもができないことで結婚ができないことへの恐れを感じながら生きてきたのは
結婚が当時の世の中のマジョリティでそこから外れることへの恐怖だったんだなって気づきました
だから"普通"であることを目指していたんだなー(遠い目)
実際結婚した時に世の中のマジョリティ側にいけたという安心感も少なからずあったように思います
作中印象に残ったのは
まとも。普通。一般的。常識的。
多数の人間がいる岸にいるということ自体が
その人にとって最大の、そして唯一のアイデンティティだからだろうか
この文を読んで確かに多数側の人間にいることで安心できていたし
それがもしかしたらアイデンティティにすらなっていたのかもしれないと否定できない自分がいました
まとも側の住人は水に似ている。
温度も形状も何もかも、外からの刺激にあまりに従順に反応する存在。
〜中略〜
そのまともには輪郭すらないのに
ほんと、まともかまともじゃないかの境界線なんて本来ないんですよね
なんか、普通とかマジョリティの一大勢力ってとても大きいんだなって感じました
結局人は自分の価値観の中の範疇でしか理解をしめせないし、理解を示そうとマイノリティ側に歩み寄るっていうのもおこがましいのかもしれない
自分の価値観と相容れないのであれば
"そういう人もいる"
と事実として受け止め
理解しようとまではしなくていいのかもしれない
そんなことを思いました
多様性って言葉で言うのは簡単だけどまだまだ表面的な薄っぺらいところにいるのかもしれませんね
けど、それも少しずつでもアップデートされて変わっていくのかなと思いました
ではでは〜