十代後半当時の友人たちは様々な個性の持ち主たちで溢れていた。

この日も男女織り交ぜて七人ほどで何かのイベントにやってきた。
ものすごい人である。
まだ春も浅いのに、夏日である。
屋外イベントのため陽射しを遮るものは何もなく、汗だくの上に日にも焼け、
さらに春の嵐が吹き荒れて砂ぼこりが巻き起こり、汗の肌に砂がまぶされる。

やれやれ、屋内のお店に入る。
白い壁、白い建物、ガラス張り、多分ミュージアムショップだと思う。
おばさんが一人でニコニコしながら売り子をしていた。
私たちは特段の興味を持たなかったのですぐに出た。

今度は自然公園にあるビジターセンターのような施設に出た。
ログハウスのようなその建物に入ると人がたくさん集まっていた。
スタッフの一人がこれからダレソレさんの講演があるから聞いて見ないかと誘ってきた。
場所はと尋ねると、この暑苦しい嵐の日に屋外だと答えた。
念のため、会場に行ってみると、前の方の席に中学生たちが座っていた。
こんな天気にご苦労なこった。

結局、みんな揃って川崎駅に向かう。
人に疲れた。
駅ビルのひと気のない階段の踊り場で少し休む。
Mちゃんは汗だくの顔の化粧を落とし始めた。

時間は4時20分、Mちゃんがこの駅ビルの中にある江戸の博物館に行かないか誘ってきた。
最終の入館受付まであと10分、みんなで慌てて入場口に向かうと、
すでに閉館のカードがドアにぶら下がっていた。


と、いう夢を見た。
広くて暖かいログハウスの中にいる。外は吹雪いている。
私は四人席のベンチシートに一人で座っている。
テーブルの脇に若い女性が三人立っている。それぞれ、毛糸の帽子やダウンジャケットを着込んでいて、一人か二人ずつマネージャーがついている。
これからの三人だけでマラソン大会が始まるらしい。
この装備であると、おそらく吹雪の中を走るのだろう。


スタート時間が迫る中、一同緊張した面持ちでその時を待つ。
このログハウスの中から出発するようだが、三人がスタートラインに立つこともなく、ランナーのそばにマネージャーが突っ立ったままだ。


いよいよスタートか、というタイミングでスターターから待ったがかかった。
理由はわからない。
ランナーたちはこの時間に合わせてすべての生活の調整を図ってきたはずだ。
緊張の糸がぷっつり切れたのがわかった。
私も一気に緊張が溶けた。
その場に居合わせた人々も、すでにマラソンが始まっているはずなのにランナーがいることに対して違和感を感じているようだ。


私は自分のバッグから板状のチョコレートを取り出し、一人で食べ始めた。
すると目の前にまだ立ったままのランナーたちと目があった。
そうなのだ。私にはこのような配慮に欠けるところがあって、よく人に指摘をされる。
仕方なしにランナー三人にニ片ずつあげたら、手には銀紙だけが残った。



マラソンが始まる気配もなく、人々は暖炉の前に集まり出し、合唱が始まった。
歌は何かわからない。
私は厨房で西洋ノコギリを見つけた。
ノコギリをしならせ、刃を打って演奏を始めた。
みんな一斉にこちらを見たが、演奏はなかなかのものだったらしく、
誰一人として止めることも訝しげに見ることもないので、そのまま演奏を続けた。




と、いう夢を見た。
自宅にいる。
仮眠をとっているが階下の人が気になって眠れない。
寝ていることを悟られまいと時々寝たり起きたりする。
テレビは夜のニュースのキャスターが出ているが、窓の外はまだ明るい。

無駄にだだ広い廊下はいつも寒々しい。
凹に90度に曲がる廊下を歩いていて、曲がり角のドアに気がついた。
ドアを開けてみると、目の前に雨ざらしの洗濯物がぶら下がっていた。
すっかり忘れていたが、数日前に私が干した洗濯物だった。

廊下にならってぐるりくの字に曲がったベランダの下を覗き込むと、
我が家はかなりの高層階に住んでいることになっていて、
ザーザー降り注ぐ雨が一点透視図法のように、中庭目掛けて降り注がれていた。

部屋に戻りケンピンをしなくてはいけない。
ケンピンするにあたりケンピン書というものを書かなければいけないのだが、
どういうわけだかケンピンという漢字が思い出せない。




と、いう夢をみた。