前回の「日本の神々」という
記事を書いていて
ほとんどの宗教が
天国と地獄、死後を
解いていると書きました
そして
高千穂神社 後藤宮司は
神と人間の間に宗教として
説教をする「人間」が介在しない
世界で唯一の信仰が日本の神道である
と言っていました
つまり 日本人で無宗教であっても
神社をお参りしたり
初詣をすることは
信仰心からくるものだと
いうことですね
IOFJ組織委員会 代表をはじめ
日本の伝統文化・邦楽器 演奏者や
外国の民族音楽のメンバーが
公演をした記録や
IOFJの記事がありまして
そちらから引用させて頂きます
太陽が輝きを放ち
穏やかな海面をみんなで眺めた
この海はどこまで続いているのだろう
その名は
レバノン-バールベック-
紀元前66年
このバールベックの街は
ジュリアス・シーザーが
ローマの植民地として
愛娘の名前をとって
「ジュリア」と名付けたという
この巨大な神殿はネロ皇帝の時代
つまりシーザーの時代に着工され
紀元前60年には完成したと推定される
神々の楽園と言われた
このバールベックは
貴重な石器や何世紀にもわたり
人々に誇示した数多くの
芸術作品を生み出して
人類の歴史の源泉となる
詩人や考古学者にとっては
古代オリエント文化は比類なき魅力となり
西洋人にとって
憧れの的になったに違いない
地中海では 戦争が絶えず
今も続いてる
ヴェネチアが支配していた
キプロス島は
塩・ワイン・綿などが
生産される肥沃の土地で
経済的に重要な地であった
しかし
ヴェネチアの支配はトルコにとって
シリアとエジプトとの通商の障害となったので
1571年にはキプロス島をトルコが占領したが
グラダナ戦争の最前線となった
(トルコのイスラム教とヴェネチアのキリスト教)
1571年5月25日
ローマ教皇がスペインとヴェネチアとの間で
神聖同盟を結んで
キリスト教連合を成立させた
その後
地中海の二大帝国
スペイン(キリスト教)と
トルコ(イスラム教)が
レバント湾で
"レバントの戦"を繰り広げた
これは「十字軍」にとっても
「ジハード」にとっても聖戦だった
繁栄の仇花となった
「カトリックVSプロテスタント」
「フランスVSスペイン」
のような兄弟戦争も暫くの間繰り返された
この時代の戦争は
自然を抜きにしては考えられず
海の静かな夏には戦争
冬には休戦交渉となっていた
「レバント戦争」以後
トルコは東方のペルシャに手を出し
スペインは大西洋へと触手を伸ばしていった
世界の楽園だった
「地中海」
1450年から1650年までの
16世紀は地中海が経済圏として
最も繁栄し世界の中心になった時代である
地中海は
スペインによって
南米から金銀が持ち込まれ
イタリアからサフラン
ドイツから銅板
ハンガリーから
麻布、香辛料、胡椒、薬品、絹などが
国際的に交換されるようになると
「現物取引」から「手形」という
「信用取引」を生み出した
地中海は
「世界は栄光と衰退を周期的に
そして交互に繰り返す」という
モデルを創った
また 時代と共に変化する
環境や地理的な役割分担の変化によって
世界が大きく「変化」する事も示した
キリスト教、イスラム教
ギリシャ正教など
多様な文化と民族が一体となった
この"古代オリエント文化"は
西洋的なものと
東洋的なものとが
共存して繁栄してきた
愚かな人間の世界に
「楽園」なんてあるのだろうか
という記事でした
今世界では
キリスト教が20億人
イスラム教が16億人
仏教が4億人程度とされています
人々の宗教により
掲げる神様は異なるもので
どうしても分離してしまう
その中
日本国は800万の神様に守られてると
言われてますから
神様を敬う気持ちを
大切にしなければならないと感じています
IOFJの資料に目を通しながら
オルガンという文化をもって
世界と交流を持った活動記録から
学ぶべきものとは
人類は互いに愛があれば
互いに対する理解は自然に深まる
という意味があると思います
"互いに"という意味が
大切になると思いますけど
コロナ禍という時代において
その意味を
より深く理解させられるような
記事でありました








