2週間ぐらい体調が悪かったです

結構キツくて歯も痛くなりました


次第に殆ど眠れないぐらい痛みが続き

昔に戻ったのでは?と涙が止まらなくなりました

それが4、5日続き身体も心も疲れ果ててきました

ご飯を食べるのも軽い吐き気がするし、そもそもご飯を作るのも身体はダルいわ、

そもそも何を食べたいのか分からなくなり、不安な気持ちがどんどん膨らんでくる


薬を飲んでも痛みは一向に楽にならず…

夜が来るのが怖かった


ある日の晩そろそろ寝るかと布団に入って、いつものようにテレビをつけっぱなしで何となくテレビを見ていました

テレビは耳鳴りを誤魔化すためです


その日は何故か精神的にちょっと何かが違っていて、

思いっきり泣いたあと、ちょっと心が軽くなったのと

次の日は何としても出掛けなければならず、絶対寝るぞという強い意思がありました


すると早速痛みがやってきました

大丈夫大丈夫、(明日のために)今日は寝る

呪文のように心のなかで呟きます

さらに強い痛みがきました

きたきたきた!

これは気のせい気のせい気のせい、痛みは嘘、夢だ夢だ何もない

何度も何度も繰り返します


痛みは脳が感じるものだ、と先生から言われていました

けれど現実に痛みがあるのに、そんな訳がない

痛みが来ると、ほらやっぱり痛みはあるでしょ

と、痛みが来ることを信じていたんです


これは気のせいだ、とテレビの方に集中しました

痛みなんて何も無かったかのように意識しました


すると、すーっと痛みが引いていきました

(痛みは完全にゼロにはなっていません)

何だこれは?と思いながら、気のせい、大丈夫とさらに繰り返していたら

いつの間にか眠りに落ちていて3時間ぐらい眠れました

久しぶりにゆっくり眠れた気がする


3時間というと一般的には短く感じるだろうけど

ほぼ眠れないときと比べると、スッキリ感が違う

目が覚めても何となく波を打つような痛みを感じるけど、眠れる痛みと言うのは全然違う


その後また強い痛みがきて不安になりそうになったけど、

気持ちを切り替えることを意識し、大丈夫大丈夫、気のせい気のせいと繰り返しました

結局一晩で3度目が覚めて、5時間ぐらいは眠れたのでは?と思う


痛みから気をそらすこと

この感覚を忘れないようにしよう

昔のことなので正確なことは覚えていないのを前提として…。


友人が過去に身内を亡くしたときの話をしてくれました

多分10年とかもっと前かもしれないけどそれなりに昔の話

その後普通に生活を送ることは出来るようになったけど、

身内を思い出すようなドラマとか映画とか、最近になってやっと見られるようになった


その時の私は両親は健在だったし、身内を亡くすとはどういう事なのかよく理解できず

浅い認識しか到底及ばなかったが、何故か忘れられない事の1つになった


9年前に母が亡くなったけれど、それはそれはとんでもない私の範疇を優に越える出来事だった

突然涙が出てきて疲れるまで泣いて、暫くたつとまた涙が出てくる

それがひと月以上続いたと思う


普通に戻れず焦っていたが気力もない

そんなとき友人の言葉を思い出す

そこでどれだけ悲しくて辛いのかようやく意味が分かるようになった

何とか生活を取り戻せるようになったのも数ヵ月かかった記憶がある


父は去年亡くなった

母の時とは違っていて、病院から葬儀社に運ばれるとき、私の人生で初めて一目を憚らず泣き崩れた

それは火葬で最後のお別れのときも同じだった

その後も涙は出たけど、最後の別れで悲しみを抑えなかったからか、

わりと元気だなという感覚はあった

食欲もあったし結構落ち着いてもいた


ただ、突然無気力になり人に会うのが億劫になった

もうすぐ一周忌だけど、まだ何となくやる気がでない感じは残っている


私にとって父と母は、子供の頃から安心できる拠り所では無いし、

もちろん実家と呼べるものも無かった

この苦しみは分かる人にはきっと分かるだろう


それでもしっかり悲しかった

私にそういう感覚があることに驚いていた

だって家族なんだし、いなくなるのは辛いよ


本当にいないんだよな、と何処か他人事のような現実ではないような

そんな感覚もある


友人の言葉がなければ、もとの生活に戻らなきゃといっと焦っていたと思う

感謝の気持ちを最近伝えることができた

今はそういうことも、ちゃんと伝えたり大事にしていきたい



父とは喧嘩別れたのち数年後会わないまま、亡くなったという知らせを受け取った


心の奥にずっと残ってるものは何なんだろう?

不思議と喧嘩をしたことに対して責めるようなとか、さすがにそう言うのは無いな

負の感情は徐々に減ってきている


ただ強いて言えば、今の状況を話しておきたかったなとは思った

気を遣って言わなかったのではない

元々、親に甘えたり頼ったりすることすら出来ない関係性だった

言わないのではなく、言えないだった


言ったところでどうなるかとか、どうもなりはしないかもしれないし、

過ぎてしまったことは忘れてしまえばいいとか、

過去のことだしどうにもならないのだから忘れて前に進めばいい、とか言う人もいるだろう

私は逆に簡単に忘れられるような事ではないと言いたい


自分の親で家族で、私にとっては血が繋がった唯一の存在である

親戚も身内ももうおらず、私だけ

寂しいなぁという悲しさを、それが分からないなんて、


私は1人なんだ

そんな一年や二年でサクッと切り替えられる問題ではないし、

切り替えようとも思わない

私にとってはとても大きくて大事な事だからだ


結婚していても血は繋がっていない

やっぱり違う


ただ私の事を思って言ってくれてることだから、素直に感謝していたいと思う


時間と共にきっと、この思いも変化していくだろう

これが今出来うる精一杯の気持ち


※※※


そして、この4年間

年賀状を書くこと、メッセージを添えることも辛かった

簡単にスラリと書けるような状況じゃないし、

たわいもない言葉すら書くことも嘘をついているようで苦しかった


それで来年からはLINEを知ってるごく一部の友人だけ、新年の挨拶するようにしても良いかもしれないなぁと思っている

年賀状終いをしようかな

毎年やりとりとしていた友人が、同じように年賀状をやめてLINEにするとお知らせがあったが、

それ以降やり取りもなくなったので、これを機に私も人間関係をもっと自然体でいっていいなという気がしている


というか無理をしたくない

必要以上に気を遣いすぎたり、遠慮したりする関係は疲れる


私が心身ともにボロボロで運転もちゃんと出来ないとき、わざわざ家まで迎えに来てくれて出掛けて、家まで送ってくれた友人がいる

涙が出るほど嬉しくて一生恩は忘れない

この前も苦しくてメンタル崩壊したとき、仕事終わりに電話を折り返してくれた


他にも優しい人が沢山いるんだ


私はすっと孤独だった

歯の痛みを孤独に耐えた


でも今は1人じゃないなと思えるようになってきた

それを父に話したかったな

優しい友達がいるよと伝えたかった


私はまだそれを亡き父に問いかけることが出来ない

心のなかで話しかけることも出来ない


いつになったら出来るだろうか?

そのときはきっとまた1つ何かを越えたときだろう