82年4月29日、5歳(現表記)になったモンテプリンスは、1番人気で天皇賞・春に出走しました。鞍上の吉永正人騎手は八大競走未勝利。53連敗中です。
「それでも、絶対に勝てる。今日が吉永正人さんの新しい門出の日なんだ」
筆者は、そう信じ込んでいました。
スタートすると、モンテプリンスはいつものように2番手につけました。「逃げ」と「追込」という極端な競馬が話題だった吉永騎手ですが、この馬だけは「一番強い馬は正攻法で」という気持ちが伝わってくるような戦法を採っていました。
しかし、数頭が外から上がっていき、ペースが速くなると、1周目のスタンド前では前を争った5頭の馬たちから4~5馬身離れた6番手につけました。前の馬群は明らかに速く、これは冷静な戦略だったと思います。
果たして、向正面で前の馬たちが落ちてくると、モンテプリンスは3角からジワジワと進出を開始します。4角で先頭に立ったミナガワマンナの外から馬なりで進出すると、直線は一気に突き放し、最後は前年の有馬記念勝ち馬アンバーシャダイを寄せつけずに快勝しました。
「無冠のプリンスに果たして春は訪れるか」
「今日は大丈夫だ 今日は大丈夫だ」
杉本清アナウンサーの暖かい実況が心に染みました。吉永正人40歳、記念すべき初の八大競走制覇。筆者が競馬で泣いたのは、この日が初めてだった気がします。
モンテプリンスは、その後宝塚記念も勝ちましたが、繋靱帯炎を発症して休養に入り、年末の有馬記念で復帰。しかし、この日は休養明けとともに苦手の重馬場で11着惨敗。このまま引退となりました。
この年の年度代表馬は間違いないだろうと思っていましたが、なんと有馬記念を勝っただけのヒカリデュールに奪われたのは残念でした。モンテプリンスにはドリーム賞なる特別賞が与えられましたが、今なら異論が噴出して大変だったのではないでしょうか。
引退式は翌83年1月16日、なんとシービークロスと合同でおこなわれました。個人的には、なんとも贅沢な併せ馬。仕事で行けなかったのを今でも悔やんでいます。
そして、この83年が吉永騎手にとってのメモリアルイヤーとなります。モンテプリンスに続き、クラシックを意識する馬が巡ってきたのです。
その馬の名は、ミスターシービー。そう、19年ぶりの三冠馬です。
もったいぶってすみませんが、ミスターシービーについては次回へ。この馬についても、語り尽くせないほどの思い出があります。
日曜にダービーを的中させ、来週は上機嫌で鼻歌でも歌いながらこのブログが更新できたらいいな、などと思ってますが果たして。