社会人4年目。

女性の営業は少なくて(同じ営業所にはいなくて)、結局男性社員に大きい仕事が任される。

私自身は別に不満を持ってたわけじゃないけど、なんとなくつまんなかった。

そして、派遣社員の人が立て続けにやめて、事務仕事を請け負う。

それを周りが「ひどい」という。

(今となってはこの時の事務作業を受けたことがかなり生かされております)

 

取り敢えず、エージェントに行く。

あんまり相手にされない。

そして、自分自身もまだ今の会社でやれることあるな、と思って気合いが入った。

 

と、思ったところで海外赴任。

 

気合いが入っていたけど、20代後半で恋人もいなく、

これから新たに出会う人など素性がわからぬ人をどうやって好意を持てば良いのか?!と勝手に不安がっていた。なんか勝手にせつなくなってた。

 

ま、その後、結局転職はするのですが、第一段階では思い止まってよかった。

この時期に話題になるけど、ふと思い出してみた。

 

自分の祖父母に聞いたことあったけな。。。

 

祖父母は私が幼い時にすでに他界。

その中でも唯一長生きしてくれた祖母は私が高校の時に他界したけど、

戦争について聞いたことがあったことを思い出した。

ただ、晩年は認知症だったから私が聞いたのは小学生かな。

 

ちゃんと聞いた記憶はあるのに、どんな内容だったか忘れてしまった。

父は終戦の年に生まれていたから、本人の記憶はないようだけど、

やはり食料を入手するのには大変だったと思う、ようなことを言っていた。

 

祖母の話は忘れてしまったな、と残念に思っている中、

色々と思いを巡らすと、親戚の中で長生きしてくれていた祖母の姉と話したことが唯一覚えていた。

90歳超えても、首から下はだめだけど、首から上は元気だ!と話をしてくれた。

歩くのは大変そうだったな。

 

空襲に合った時は必死だったけど、空襲のときの光を「綺麗だったよ〜」と。

「本当に綺麗でね、今でも覚えている」と。

花火のナイアガラの滝みたいな光のこともそれに例えていたかな。

 

現実には最悪な事態が起こっているのに、実態とは正反対の「綺麗だった」という言葉から、

却って現実に起きていることの悲惨さ、重大さを感じた記憶がある。

 

そして、結婚と、結婚した相手は間違っていた、と何度も言っていた(笑)

 

そのように元気だった祖母の姉も100歳前に他界してしまった。

 

今更ながら、ありがとう。

あの世でもおばあちゃんと仲良くしてね、おばさん。

 

 

在宅になって更に仕事をしない人が見えない。

何をやっているかわからない。

でもそんなの関係ねぇ!!

ただ、自分と関わる仕事だけ早くやってほしいwww

 

そして、担当の仕事だけはちゃんとやってほしいのに、

どんどん窓口を狭めている・・・

じゃあ、代わりに私それやらせてもらいます!

というのもマズイらしい。

めんどくさい。

 

新しいことやり始めるのに、今片手間にやってくれてる人が、

本腰を入れてやるにはちょっと無理。ただ、代わりに、、、

「あの人はこれくらいしかやってないからできるはず。でも上司が仕事を振ろうとしない。」

だそう。

きっとその上司は自分が仕事を振っているから、これ以上業務を増やしたくない。

というか、そもそもの業務量と能力が比例していない。

能力あるのに少ない業務量で来てしまっているから、

これから増やして文句言われるのが嫌なんだろうな。

 

結局、管理者の仕事とって、部下の働き方とかを管理することなんだな、って改めて思う。

これがある程度できていないと、人材不足と言い訳をして、こなすべき企画や業務を遂行しない。

 

きっと今後は在宅によってITの有効活用ができる人とそうでない人と

業務量は違ってくるんじゃないかな。会社も。

そうなってくると、量は一概に比較できないし、

IT弱い人の仕事の少なさを批判だけはできないような・・・

 

ただ、IT弱い人、仕事量が少ない人の何か代わりになる強みがあれば、

本人も周りも救われる気がする。

 

取り敢えず、他人の仕事量は他人じゃわからん。