出典:
日本で7番目に大きい湖、島根県「宍道湖(しんじこ)」。
シジミはじめ、ワカサギ、ウナギなどの宝庫であった。
ところが、1993年以降、突然ワカサギが消えた。
漁師は言う、「極端にいなくなった。ゼロになった。あきらめて廃業した(悲)」。
ウナギもまた、1993年を境に捕れなくなった。
鰻料理店主「ほんとうに少なくなりました(嘆)」
魔の「1993年」、
いったい何があったのか?
「ネオニコチノイド(Neonicotinoids)が使われた途端に、激減したのです」
と山室真澄教授(東京大学)は言う。
参考:米国「サイエンス」誌2019年11月
Neonicotinoids disrupt aquatic food webs and decrease fishery yields
Masumi Yamamuro
ネオニコチノイド系の農薬、通称「ネオニコ」。
ネオニコとは、ニコチンに似た新しい殺虫剤で、虫の神経を麻痺させて殺す(神経毒)。植物全体に広がりやすく(浸透性)、長く残留する(残効性)。
害虫にはよく効く一方で、人体への安全性は高いとされている。
コメ農家
「ヘリ散布の場合、原液の8倍液です。原液2Lに対し、水14L。カメムシ、ウンカに効きます」
日本で流通するネオニコ系農薬は以下の7種類。
アセタミプリド
ニテンピラム
ジノテフラン
チアクロプリド
イミダクロプリド
クロチアニジン
チアメトキサム
日本でネオニコが初めて登録されたのは1992年。
翌年1993年から全国で使われはじめ、いまや最も多く使われる殺虫剤となった。
宍道湖のワカサギと鰻が消えた、魔の「1993年」がここにあった。
魚には影響を与えないとされてきたネオニコであったが、なぜなのだろう。
東京大学、山室教授による宍道湖のフィールドワークによると、1993年以降、宍道湖の動物プランクトンは大きく減少しているという。
ネオニコが田んぼから湖に流れ込んだことで、ワカサギの餌となる動物プランクトンが激減した。ウナギの餌は節足動物(エビやカニ)であるが、それら節足動物の餌はやはり動物プランクトンである。
トンボ研究家、大浜祥治氏は言う、
「1993年を境に、ウチワヤンマがピタッといなくなったんです。気味が悪いというか、恐ろしいというか」
ちなににトンボは、1990年代後半、全国で激減しているという。
ミツバチの大量失踪の原因と目されているのも、またこのネオニコである。
2013年の山田敏郎名誉教授(金沢大学)の研究によって、低濃度のネオニコでも、ミツバチは巣に帰れなくなり、群れは次第に小さくなり、いずれ消滅してしまうことが明らかにされた。
農水省はこの2013年以来、ネオニコ系農薬への注意喚起を行っているが、農薬によるハチ被害はいまなお年間50件ほどは発生しているという。
神奈川県葉山町の養蜂園、石井勉氏は言う、
「きのう見たら、ゼロになっちゃって。死骸も何もないしさ。夜逃げっていうか、なんていうかわかんねぇんだけど。出てったきり帰ってこない」
1992年の初登録以降、7種類のネオニコ系農薬で使用を禁じられたものは未だない。
そして今、このネオニコが「ヒト」にも影響があるのではという懸念がでてきている。
神戸大学大学院、星信彦教授はマウスによる実験を行った。
通常のマウスと、「無毒性量」のネオニコを投与したマウスの比較実験である。
無毒性量とは、この量以下ならば、あらゆる動物実験で異常が認められない、と国が定めた基準量のことである。
「もう鳴きましたね。普通のマウスはこんなことないですよ。怖くてしょうがないんですね。不安でしょうがないんでしょうね」
いくつかの実験の結果、無毒性量のネオニコを投与したマウスは、明らかに普通のマウスとは異なる行動をとっていた。極めて臆病に振る舞っていたのだ。
星教授は言う、
「無毒性量のマウスを、誰も調べてなかったっていうことですよね。世界初の報告です。われわれもビックリしました。無毒性量を承認している人たちは、こういう実験をしなかったんだと思います」
環境脳神経科学情報センター副代表
木村‐黒田純子医学博士は言う、
「農薬は多種類の毒性試験をやっていますが、今の段階では不十分で、ヒトへの毒性は調べていません。そのため後から毒性がわかることがあるわけです。国の規制はもっと厳しくあるべきです」
参考:
Nicotine-Like Effects of the Neonicotinoid Insecticides Acetamiprid and Imidacloprid on Cerebellar Neurons from Neonatal Rats (2012)
Junko Kimura-Kuroda, Yukari Komura, Yoichiro Kuroda, Masaharu hayashi, Hitoshi Kawano
子どものラットの脳の細胞に、ニコチンと2種のネオニコを注入した実験。
木村‐黒田純子医学博士
「ニコチンやネオニコを注入すると、神経細胞は興奮して反応します。農薬会社はネオニコは哺乳類には効きません、安全ですと言いますが、ニコチン同様に効いています。これはヒトの脳へも影響を及ぼすのではないかと」
日本で自閉症や広汎性発達障害が増えていることとの関連、つまり子どもの脳への影響も懸念されている。
というのも、農地単位面積あたりの農薬使用量が、日本と韓国で突出しており、それが自閉症や広汎性発達障害の有病率と強く相関しているからである。
efsa (European Food Safety Authority) 欧州食品安全委員会 は、こうした実験報告を踏まえ、EUをしてネオニコの規制に踏み切らせた。
欧州委員会(公衆衛生・食品安全)
ステファン・デ・ケールスマカー報道官
「この研究結果により、2種類のネオニコがヒトの神経や脳にダメージを与える可能性があることが示されました。この研究と最新の科学に基づき、われわれは食品に残留するネオニコの基準値を引き下げるなど、厳しくする措置をとりました」
EUはネオニコ7種類のうち、3種類(チアメトキサム、クロチアニジン、イミダクロプリド)の屋外使用を禁止し、チアクロプリドは承認を取り消し、アセタミプリドの規制を厳格化した。
EUには、「疑わしきは規制や禁止を」という予防原則の考え方がある。
また、ネオニコは尿によって体外に排出されるとされてきた。
東京女子医科大学(ネオニコチノイド研究会代表)
平久美子医師は言う。
「タバコのニコチンは30分もすると血中濃度が下がります。しかし、ネオニコはそんなことはありません。ネオニコはたとえ微量でも体内に蓄積されていきます」
マウスによる実験では、連日微量のネオニコ投与で、体内濃度が上昇していくことが確認されている。
しかし、農薬メーカーでつくる農薬工業会は
「神経系への毒性試験で、詳細な臨床観察をおこなっている。行動異常や影響があれば、極めて精度の高い確率で検出される。国際的ガイドラインに基づき、ヒトへの安全性を確認している」と言う。
「ネオニコを使わない」と宣言した地域がある。
野生のトキで有名な、新潟県の佐渡市である。
一時は絶滅したトキの復活のカギとなったのが、田んぼで使われていたネオニコ系農薬(殺虫剤)の規制だった。
コメ農家、斎藤真一郎氏は言う、
「佐渡の農家は、トキに約束をしたんですよ。絶対オマエたちの餌を、この田んぼでたくさん増やしてやるから、オマエたちはたくさん子どもを産んで増えてくれと」
ネオニコ不使用をJAに提言。
そして2011年、JA佐渡はネオニコ規制に乗り出す。
JA佐渡
松井和幸常務理事は言う、
「当時は、農薬減らして、肥料減らして、コメ穫れるのかと、農家から相当怒られました。それでも環境保全を考えれば、ネオニコ規制に舵を切る必要があると判断しました」
斎藤真一郎氏は言う、
「規制に反対していた農家の田んぼにトキが行くと、その農家が喜ぶんですよね。それで、じゃあ私たちもトキを応援しましょうと。トキが佐渡の農業を変えたっていうことですよ」
2008年のトキ放鳥から4年後、初の孵化に成功。それまで全くいなくなっていた田んぼのドジョウは、290匹まで回復し、冬場の餌を得たトキは現在480羽まで増えている。
ネオニコを巡る議論は、まだこれからだ。









