開発の中心日・欧米自動車メーカーの発展をみていこう。ド・ディオン・ブートン社の頑固者の対立は深まり、トレパルドゥーとは別れることになった。代わって、ド・ディオン伯のところで技術部門を取り仕切るようになったのがトレパルドゥーの義理の弟に当たるジョルジュ・ブートンだった。この二人がド・ディオン伯の意向に添って助け合いながら仕事をしてきたが、ガソリンエンジンの時代になるとブートンが開発の中心となる。ド・ディオン伯はパナールやプジョーのようにドイツのエンジンを使用することを潔しとしなかった。