異常な環境・つれづれ | ありんどパン

ありんどパン

おやつにパンを食べようと思ったら、蟻さんがむらがっていた・・・

しかも食べてから気がついちゃった・・・

そんなせつない日々を書き残そうというのが発端です

実家では、ごく小さな集まりに

ひとつの部屋を提供することがある。


そこに集まる様子を見ていると

個人の家でも、何人かで訪問すると

なにかの箍(たが)がはずれてしまうものらしい。


一部屋以外はまったくプライベートな空間なのだが

それを忘れられてしまう。


ひとりのときには誰でも気を遣ってくれる、大人なのに

何が麻痺させてしまうのだろうか。



夜、大声で盛り上がってしまったり。


食事をしているところに

ドアを開けて入ってこられてしまったり。


浴室の前ですぽんと服を脱いだところに

ドアをがばっと開けられてしまったり。

(参った・・・)


廊下でなにか話し声がすると思ったら

見知らぬ人が携帯電話で話していたり。



まだ若いころはこんな環境がとてもいやだったが

だいぶ慣れてしまった。

自分の家ではなくて親の家だから

不満を言うなら自分が出るべきだ、とも思うようになった。



でも、いまだぐずぐずこんなことを書いているのは

100%の広い気持ちになりきれていないからだろう。


人にひと部屋を使ってもらう、というのは

ほんとうにひと部屋だけでは済まなくて

相当、寛容にならなくてはできない。


両親の、それができてしまうところはすごいな、と思う。

思いが正しいかどうかはわからないけれども

中途半端な気持ちではないのだろう。


昔の人もすごいな、と思う。

こんなせせこましいことを考えたりしない、

開放的な時代もあったんだな。



反動なのか、もともとなのか、なんにせよ、今ここには

人の存在に落ち着けない、偏狭な性格の私がいる。

閉ざされた薄暗がりが大好きだ。