ベトナムは果たして歴史になったのか? | I have a thing about ・・・・

ベトナムは果たして歴史になったのか?

月曜日は、始発で千葉に入って打ち合わせの後、葛飾で商談。そして大阪まで足を伸ばしました。葛飾の続きです。

動画はo.k.がもらえたらそのうちアップします。

酒の肴はこれ。開高健を読むための前哨戦だ。
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ベトナム戦争と言われる戦いは、1965年に始まり、1975年に終わった。

ぼくが五歳の時に始まり、十五歳の頃に終わった。ぼくは、テト攻勢は記憶にないが、サイゴン陥落の映像などは生々しく記憶に残っているそんな世代だ。ベトナムはティーンエイジャーの戦争でもある。ぼくより少し先輩の世代が戦ったものだ。記憶としてはまだまだ生々しいもののはずだ。

最近、ナムに関する話題はほとんど見かけなくなってしまった。この戦争は現代の戦争を象徴するものだ。

電撃戦があり、真珠湾があり、シンガポールがあり、クルスクがありスターリングラードがあり、ミッドウエイ、ノルマンディー、ガダルカナル、アルデンヌ、硫黄島、沖縄があった。ナムにはそんなものはない。ベトナム戦争はそんな戦争を完全に過去のものとした。

いつ始まり終わったのか判然としない、何のために戦っているのか誰も説明できない、そんな中で多くの命が淡々と失われていった。装備や補給は万全で、圧倒的な物量を投入しても、それでも血まみれになり泥にまみれ生地獄としか形容のしようのない中、子供としかいい得ない兵達は生き抜かなければならなかった。翻弄されるベトナムの人民はそれどころではない。公開資料が少ないので想像力を働かせるしかない。

現代の戦争は、完全にその様相を変えた。戦争と言えるのかすら疑わしいほどに変わってしまった。やはりその功労者は毛沢東とホーチミンだろうね。

その様相を、手際良く伝えてくれるのはこの本だ。ナムは戦史を読んでもその意義は全く伝わらない。この本を読んでも戦史は解らない。でも、その時代の空気と様相をよく伝えてくれると思う。
ジャングル・クルーズにうってつけの日―ヴェトナム戦争の文化とイメージ (ちくま学芸文庫)/筑摩書房

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くどいようだが、ベトナム戦争は大上段から紋切り型に語れる戦争ではない。このあと、どの戦争をとっても戦史からこぼれ落ちる話の方が大切な戦になってきた。ナム以後はそんな時代だ。
生井氏のこの業績は素晴らしいものだ。個人史の紹介とも、社会史とも、文化史とも言い難いある種ゆるいフォーマットの中で空気をよく伝えている。公刊資料を紹介してくれるのだけど、その選択眼、組み合わせ、編集者の仕事と言ってもいいのかもしれないが、とにかく素晴らしい。

そして、ナムは、報道と映像の戦争ともいえる。生井氏の業績を何かで補わなければならない。

ベトナム戦争は以前にも書いたが、従軍カメラマンの戦争ではない。報道写真の戦争でもある。その辺りを百科全書的に鳥瞰したい場合は以下の本が良い。

Nam―狂気の戦争の真実/著者不明

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当時、映像を配給した会社は今も健在だ。でも彼らの伝える情報の質は変わった。中東の報道などは目を覆いたくなるような退化ぶりだ。でも、一部のフリーのジャーナリスト、カメラマンが命をかけていることにはナム当時と代わりがない。伝える側、見る側の目が変わったとしか思えない。想像力のかけた鈍感な時代だという他ない。非常に残念なことだ。

両者とも古本出てに入る。
ナムに関しての文献や情報は、開高健を読み進める時に紹介できるかもしれない。期待しないで待って欲しい。

おそらく日本はアメリカより前にこの新型戦争で苦しんでいる。日中戦争がそうだ。詳しくはまた書くかもしれない。ここではなくあっちで書くかもしれない。