BC級戦犯裁判について学ぶための入門書
BC級戦犯について学ぶには、岩川氏の著作はアマゾンの古本でしか手に入らないし、八百頁にも及ぶ大部なものなので、手頃に全体像をつかむという意味では以下の本が良いだろうと思う。まぁ、新書ですから不足を言い出したらきりがないですが、両者コンパクトに全体をまとめています。でも、このようなものでは、BC級戦犯裁判の本質は解りません、あくまで入門書であとは個別問題を当たるべきなのでしょう。林博史氏は、「岩波昭和史」にも名を連ねた藤原彰門下だと言うことです。・・・ぼくらの学生時代は「昭和史」と言えば、大論争を産んだ遠山 茂樹, 藤原 彰 , 今井 清一 の岩波新書でした。

BC級戦犯 (ちくま新書)/筑摩書房

¥735
Amazon.co.jp


BC級戦犯裁判 (岩波新書)/岩波書店

¥777
Amazon.co.jp


その後に、これに進んでもう少し深掘りするという感じで十分ではないかと思う。
「BC級裁判」を読む/日本経済新聞出版社

¥2,520
Amazon.co.jp


A級も含め、このあたりの軍事裁判問題の始末が戦後日本を大きく規定しました。
戦勝国によるテキトーな選択と懲罰的で恣意的な裁きのみに終わらせ、自分たちで精密に総括すると言うことをなにも行わなかったと言うことが一番大きな過ちなのです。
だから、無責任体質がそのまま温存されてしまった訳なんです。
そしてその象徴として昭和天皇がいます。
よって、あとの木っ端衆は怖いものなしなのです。
充分に、思いやりもあり、理性もあった昭和天皇にしては、大きな失敗・汚点を重ね続けたものだと返す返す残念に思います。
あと、ぼくの戦史を学ぶ部分で欠落しているのは、最初に戻って民衆史的な部分と、昭和天皇、マスコミの煽動史の部分だと思っている。
こういうことを毎年繰り返している事の発端は、学生の頃、聖教新聞の通信員をしながら、ある書籍の取材・編集に携わったことがきっかけだった。再版される見込みは無いだろうけれど、ひょっとしたら公的な図書館にはあるかもしれない。全国的に体験談を収集するという取り組みは当時としては先駆的な事業だったと思う。
戦争を知らない世代へ
学舎は戦場の彼方へ ― 戦時下教育の記録
創価学会
第三文明社 (1982/08 出版)
226p / 19cm / B6判
ISBN: 9784476072068
NDC分類: 916
紀伊國屋BookWeb
もはや、アマゾンにも載っていないけれど、滋賀から出征した
満蒙開拓青少年義勇軍
の方々の体験集を編んだんだ。当時は、出征された方々の口も堅く、本音のお話を頂戴するまでには大変苦労したことを覚えている。
それ以来、毎年こういう半ば苦行みたいなことを続けている。

BC級戦犯 (ちくま新書)/筑摩書房

¥735
Amazon.co.jp


BC級戦犯裁判 (岩波新書)/岩波書店

¥777
Amazon.co.jp


その後に、これに進んでもう少し深掘りするという感じで十分ではないかと思う。
「BC級裁判」を読む/日本経済新聞出版社

¥2,520
Amazon.co.jp


A級も含め、このあたりの軍事裁判問題の始末が戦後日本を大きく規定しました。
戦勝国によるテキトーな選択と懲罰的で恣意的な裁きのみに終わらせ、自分たちで精密に総括すると言うことをなにも行わなかったと言うことが一番大きな過ちなのです。
だから、無責任体質がそのまま温存されてしまった訳なんです。
そしてその象徴として昭和天皇がいます。
よって、あとの木っ端衆は怖いものなしなのです。
充分に、思いやりもあり、理性もあった昭和天皇にしては、大きな失敗・汚点を重ね続けたものだと返す返す残念に思います。
あと、ぼくの戦史を学ぶ部分で欠落しているのは、最初に戻って民衆史的な部分と、昭和天皇、マスコミの煽動史の部分だと思っている。
こういうことを毎年繰り返している事の発端は、学生の頃、聖教新聞の通信員をしながら、ある書籍の取材・編集に携わったことがきっかけだった。再版される見込みは無いだろうけれど、ひょっとしたら公的な図書館にはあるかもしれない。全国的に体験談を収集するという取り組みは当時としては先駆的な事業だったと思う。
戦争を知らない世代へ
学舎は戦場の彼方へ ― 戦時下教育の記録
創価学会
第三文明社 (1982/08 出版)
226p / 19cm / B6判
ISBN: 9784476072068
NDC分類: 916
紀伊國屋BookWeb
もはや、アマゾンにも載っていないけれど、滋賀から出征した
満蒙開拓青少年義勇軍
満州国が建国されると、満州は日本の兄弟国で、広大な新天地で、だれでも大地主になれると宣伝されました。しかし、国による満州への移民計画はなかなか計画どおりには進まず、そこで、昭和13年から15歳から19歳の少年で移民団を組織し、満州へと送り出すことが始められました。これが満蒙開拓青少年義勇軍です。彼らは、農兵隊として、開拓だけではなく、国境警備にもあたり、昭和20年8月の旧ソ連軍の侵攻の際に戦死した人も多くいました。各県ごとに割り当てがあり、滋賀県からは832人が参加したという記録があります。
の方々の体験集を編んだんだ。当時は、出征された方々の口も堅く、本音のお話を頂戴するまでには大変苦労したことを覚えている。
それ以来、毎年こういう半ば苦行みたいなことを続けている。