原発事故への道程 後編 今夜放送 | I have a thing about ・・・・

原発事故への道程 後編 今夜放送



tachitora さんが 2011/09/20 にアップロード
原発事故の道のり、元東電の幹部自身が原発導入の基準はコストだけと証言している、福島第一原発の建設から「安全」は考えられていないことが判る


以下、用語集

茅 誠司(かや せいじ、1898年(明治31年)12月21日 - 1988年(昭和63年)11月9日)は、神奈川県生まれの物理学者。
旧制厚木中学校(現神奈川県立厚木高等学校)、東京高等工業学校(現東京工業大学)を経て、東北帝国大学理学部卒業。伊登子夫人は天文学者・木村栄の長女。長男は工学者の茅陽一、次男は化学者の茅幸二(理化学研究所所長)。
専門は、強磁性結晶体の研究。しかし、茅が師事していた本多光太郎は、茅の考え方に否定的だった。日本学術会議会長として日本の南極観測参加に尽力する。東京大学退任時の卒業式告辞で述べた小さな親切運動は社会現象となり、社団法人の設立につながった。茅は同法人の初代代表として23年間在職した。同法人は社会全体に社会道徳や親切を広める活動団体の一つとして続いている。

伏見 康治(ふしみ こうじ、1909年6月29日 -2008年5月8日 )は日本の理論物理学者、理学博士。正四位勲二等(没時)。
本来の仕事である物理学、特に統計力学の分野で大きな研究業績をあげた。戦後日本の科学研究体制の確立と発展に力をいたし、原子力平和利用研究を推進、さらには科学者の社会的責任のアピールと行動、一般向け書籍による物理の面白さの啓発・普及、そして対称性の美の追究など、多方面に大きな足跡を残した。
物理学者の伏見譲は息子。

三村剛昂 みむら-よしたか 1898-1965 大正-昭和時代の物理学者。
明治31年3月1日生まれ。広島高師教授をへて,昭和12年広島文理大教授,19年同大理論物理学研究所の初代所長。波動幾何学の共同研究を推進,また被爆の体験から原子力研究に反対した。昭和40年10月26日死去。67歳。広島県出身。東京帝大卒。

後藤 文夫(ごとう ふみお、1884年(明治17年)3月7日 - 1980年(昭和55年)5月13日)は大正・昭和の官僚・政治家。「天皇陛下の警察官」を自称し、新官僚の代表と見られた。戦後、日本の原子力発電導入に尽力した。

財団法人電力中央研究所(でんりょくちゅうおうけんきゅうしょ)は、電気事業に関連する研究開発を行う研究機関である。電中研、電研などと略して呼ばれる場合もある。 英語名はCentral Research Institute of Electric Power Industry。CRIEPI(クリエピ)と略される。
研究規模で、事実上日本最大の民間シンクタンクである

森一久 元日本原子力産業会議副会長の森一久、肺炎で3日死去、84歳。
1926年広島生まれ。京都大学在学中に広島で家族とともに被爆。湯川秀樹博士の下で理論物理を学び、大学卒業後は中央公論社で9年間記者として原子力問題を取材する。56年電力会社や原子力関連企業で作る「日本原子力産業会議(現:日本原子力産業協会)」設立時に職員となり、同会議事務局長、専務理事を経て、96年副会長となる。原子力の平和利用に尽力した。

ドワイト・デーヴィッド・アイゼンハワー(Dwight David Eisenhower, 1890年10月14日 - 1969年3月28日)は、アメリカ合衆国の軍人、政治家。第34代大統領及び第二次世界大戦中のヨーロッパの連合軍最高司令官。愛称は「アイク」 (Ike) 。
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前田 正男(まえだ まさお、1913年7月10日 - 2008年2月12日)は、日本の政治家。元日本自由党・民主自由党・自由党・自由民主党衆議院議員。従三位勲一等。奈良県十津川村出身。山梨高等工業学校機械科(現山梨大学工学部)卒業。甥は民主党参議院議員の前田武志。


中曽根 康弘(なかそね やすひろ、1918年(大正7年)5月27日 - )は、日本の政治家。位階は従六位。勲等は大勲位。財団法人世界平和研究所会長。中曾根 康弘とも表記される。
衆議院議員(20期)、科学技術庁長官(第7・25代)、運輸大臣(第38代)、防衛庁長官(第25代)、通商産業大臣(第34・35代)、行政管理庁長官(第45代)、内閣総理大臣(第71・72・73代)などを歴任した。

齋藤憲三(さいとうけんぞう、1898年2月11日 - 1970年10月31日)は実業家・政治家。TDKの創業者で衆議院議員・科学技術庁政務次官を務めた。

「元内閣総理大臣中曽根康弘氏茨城原子力 50 周年記念講演会要旨」

平成17年11月7日開催 第42回「原子力の日」記念シンポジウム 『ジュネーブ国際会議から50年~わが国の原子力平和利用は~』 基調講演より
原子力平和利用の黎明とその前途 中曽根 康弘氏 (財団法人 世界平和研究所会長)

第五福竜丸(第五福龍丸、だいごふくりゅうまる)は、1954年3月1日に、アメリカ軍の水爆実験によって発生した多量の放射性降下物(いわゆる死の灰)を浴びた、遠洋マグロ漁船の船名である。無線長だった久保山愛吉がこの半年後の9月23日に死亡した。

日本の組織的反核運動は、第五福竜丸の被曝を契機に杉並区の主婦たちから運動から始まった。

正力 松太郎(しょうりき まつたろう、1885年(明治18年)4月11日 – 1969年(昭和44年)10月9日)は、日本の警察官僚、実業家、政治家。元読売新聞社社主、CIAエージェント[1][2][3][4]。 従二位勲一等。富山県高岡市名誉市民。京成電鉄OB。
読売新聞社の経営者として、同新聞の部数拡大に成功し、「読売中興の祖」として大正力(だいしょうりき)と呼ばれる。
日本に於けるそれぞれの導入を推進したことで、プロ野球の父、テレビ放送の父、原子力の父とも呼ばれる。

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原子力平和利用博覧会

森瀧市郎
平和運動家、元原水爆禁止日本国民会議議長。哲学者、広島大学名誉教授。
別表記:森滝市郎
1901年、生まれ。1994年、死去。

原子力委員会(げんしりょくいいんかい、Atomic Energy Commission、略称AEC)は、1956年に設置された日本の行政機関。委員長及び委員4人の計5人で構成される(1960年5月10日から1978年10月3日までは委員6人で計7人)。
原子力基本法(1955年12月成立)に基づき、国の原子力政策を計画的に行うことを目的として1956年1月1日に総理府の附属機関(のち審議会等)として設置され、委員長には国務大臣(科学技術庁長官)が充てられ、委員の任命には両議院の同意が必要とされた。
2001年1月6日の中央省庁再編に伴い内閣府の審議会等の一つとなり、委員長は国務大臣をもって充てるポストではなくなった(委員と共に両議院同意人事の対象となった)

湯川 秀樹(ゆかわ ひでき、1907年(明治40年)1月23日 - 1981年(昭和56年)9月8日)は、日本の理論物理学者である。京都府京都市出身。
原子核内部において、陽子や中性子を互いに結合させる強い相互作用の媒介となる中間子の存在を1935年に理論的に予言した。1947年、イギリスの物理学者セシル・パウエルが宇宙線の中からパイ中間子を発見したことにより湯川理論の正しさが証明され、これにより1949年(昭和24年)、日本人として初めてノーベル賞を受賞した。
京都大学・大阪大学名誉教授。京都市名誉市民。1943年(昭和18年)文化勲章。従二位勲一等。理学博士。

三菱商事

島村研究会

三菱 浮田禮彦

住友 佐々木元造

三井 日立

原子力平和利用懇談会

日本原子力発電株式会社

島村原子力政策研究会

日本原子力研究所(にほんげんしりょくけんきゅうじょ: JAERI)は、かつて存在した、原子力に関する総合的な日本の研究機関。日本原子力研究所法にもとづき、日本の原子力平和利用の推進を目的として、1956年(昭和31年)6月に特殊法人として設立された。2005年(平成17年)10月1日核燃料サイクル開発機構との統合に伴い解散、独立行政法人日本原子力研究開発機構となった。略称は原研(げんけん)。

神原豊三 JRR1 責任者

コールダーホール型原子炉《 Calder-Hall 》英国イングランド北部の町、コールダーホールに建設された原子炉を原型とする原子炉。天然ウラン燃料・黒鉛減速材・炭酸ガス冷却材を使う型のもの。この改良型が日本の東海1号炉。

東海発電所は、日本原子力発電株式会社(原電)が運営していた、日本初の商業用黒鉛炉かつ商業用原子力発電所。炉型は英国製の黒鉛減速炭酸ガス冷却型原子炉 (GCR) で、これに耐震強度の増強など、日本独自の改良を加えたものである。現在は運転を終了し、原子炉解体プロジェクトが進められている。国内では商業用原子炉解体の実績が無く、同プロジェクトは日本初の商業用原子炉解体(廃炉作業)である。

豊田正敏 東京電力副社長

ゼネラル・エレクトリック(英語:General Electric、略称:GE、NYSE:GE)は、世界最大のコングロマリット(複合企業)であり、売上高世界第二位のメーカーである(時価総額と純利益は、メーカーとしては世界最大)。本社はアメリカ合衆国コネチカット州。ダウ平均株価の構成銘柄のうち、1896年5月26日の算出開始以来唯一残存している企業である。

ターンキー契約 建築・土木用語辞典の解説
建設事業を行う際の運営(請負)方式の1つで、建設業者が企画から完成まであらゆることを一括して請負う契約方式である。この方式は、民間事業に多い。アメリカから来た語で、引渡されたキー(鍵)を回す(ターンキー)だけで、すぐに使用できるという意である。


福島第一原子力発電所とは福島県双葉郡の大熊町と双葉町にまたがる地域に所在する原子力発電所である。東京電力の施設であるが、福島県は東京電力の事業地域ではない[注 1]。
略称は1F(いちエフ)。英語名は "Fukushima Daiichi Nuclear Power Station" [1]。
2011年(平成23年)3月11日、東日本大震災の一部としておこった事故はその深刻さゆえに国際的な注目をあつめることとなった。

マーク1型

軽水炉


 本日、後編の放送あり。
2011年9月25日(日) 夜10時 NHK教育
シリーズ 原発事故への道程 後編 そして“安全”は神話になった

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