『ミハエル・クルムのレーシング「超」運転術』 ミハエル クルム
ミハエル・クルムのレーシング「超」運転術/ミハエル クルム

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以下に、私がドライビング・テクニックについて深く掘り下げたいと思うに至った経緯を紹介する。もちろん今この瞬間にも、この気持ちはずっと変わっていない。
それは、日本でのツーリングカー・レースに参戦した当初のころだった。あまり満足とは言えない前年シーズンを送っていた私に、これが最初で最後というテストのチャンスが与えられた。求められたことはただひとつ。その日の誰よりも速く走ること。当時の、若い私に期待されていたのは、瞬発力とスピードだった。
「うまく行かなかったら、これまで築いてきたモノをすべて失うかもれしれない」。プレッシャーは大きく、そんな気持ちを振り払う何かが必要だった。しかし、それが何なのか、その日の私はつかみあぐねていた。
寒風が吹き荒む冬の富士スピードウェイ、FWDのレーシングカーが1台。乗るのは私とチームのエースのふたりだけだった。つまり、私と彼のパフォーマンスが純粋に試される状況が、そこに用意されていた。
この時点では、まだ私の心に余裕というか、甘さがあった。彼がセッティングしたマシンだから、自分が多少遅くても言い訳がきくと。前年シーズンに、自分が自らのつたないパフォーマンスを弁解していたのと同じ考えであった。
最初にチームのエースドライバーが走り、1分36秒60のタイムを出した。彼は、その後も同等のタイムで4~5周し、私にマシンを渡した。タイヤの消耗を考えると、彼のタイムからそんなに離れていなければ、ほぼ互角かそれ以上ということになると、私は思っていた。
コースへ出て、私はひたすらハードにプッシュした。自分では完壁と感じた走りだった。しかし、タイムは1分36秒90。私は、間違った方向へ向かっていたのだ。その後もハードに攻めてしまい、おかげでタイヤを痛めつけていた。その結果、さらに遅いタイムでラップを重ねていたのだ。いろいろな思いが頭をよぎった。しかし認めざるを得ないのは、いかなる理由をつけようと、私は彼と同じレベルにないということだった。タイムがすべてを物語っており、私はこの時点で確実に遅く、何の言い訳も出来なかった。私のドライビングは下手だったのだ。それでも、ピットへ呼び戻されるまで、残り3周を走り続けた。
どのような手を使えばタイムアップ出来るか。アイデアのないまま、さほど考える時間もない長さの富士のストレートを走っていた。と、その時、ふと思いついた。「これまで攻め過ぎていたのか?であれば逆をやってみては?限界の範囲内で走ったら‥‥‥」と。一切マシンをスライドさせず、アンダーステアもオーバーステアも出さないように。至ってシンプルで基本的な運転方法である。
あまり速いとは感じられず、どれくらいのタイムが出るのかもわからなかった。しかし、少なくとも私のヒラメキが正しいかどうか、結果を残すことにはなると思っていた。そう思いながらフィニッシュ・ラインを越えた。
その瞬間のこと、私は正直、驚いた。1分36秒40。ダッシュボードには、確かにそうタイムが表示されたのだ。最初は、計測装置の不具合だろうと信じて疑わなかった。それでも限界内レベルで走続けていると、次の周には1分36秒20が示された。装置の故障ではなく、数値が事実であるとチームが確定するまで、私は自分に起きたことが信じられずにいた。
この時点で、すでにパフォーマンスの下がったタイヤを駆使して、私は、チームのエースドライバーを凌ぐタイムでコースを走り切っていた。この経験が、いかに私を安堵させ勇気づけたか、わかっていただけるだろうか。
ラストチャンスの走行で、いったい何が起こったのか?この時のことを思い返せば、リキみが取れたことで、無意識にFWDマシンのドライビングの秘訣をつかんだのだと言う他ない。同時に、この時の覚醒で私のキャリアは救われ、その後に新しいドライビング・テクニックをも取得し、シリーズ・チャンピオンとなることまで出来た。忘れ得ぬ私の転換点だ。
この経験は、私にいろいろなことを教えてくれた。中でも一番重要なことは、困難に直面した時には、いつでも、オープンで自由な発想をためらわないこと、である。
そもそもドライビング・テクニックというものには、決まったセオリーなどない。必ず、これまで気付かなかった発見が潜んでいるのだ。今、私は、すべてのタイプのレーシングカーに隠れているその秘策を、例え現在すでに充分速く走らせられているマシンに乗車していても、模索することに夢中になっている。
富士スピードウェイでの一件以降、私は幸運にも多くの経験を積んで来ることが出来た。そして今もなお、私は、レーシングカーをドライブするたびに、さらなるドライビング・テクニックを追求したいという気持ちへ駆り立てられている。
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