**北野くん**


 両親が離婚したことを因とする、心ない中傷やからかいは、一通り経験したと思う。


 例えば、浪曲子守り歌を聞こえよがしに歌われたり、わざと旧姓で呼ばれたり、父親の事をしつこく尋


ねられたり・・・それらをものともせず跳ね返し、いじめにも会わず、逞しく日々を無事に過ごせたのは、や


はり母の、反面教師的な生き方のおかげと、今は思える。


 北野耕作くんは、背が高く勉強のよくできる男の子だった。


席が隣同志になった日に、ふいに私に


「今日、帰りにうちに来て。遊ぼう」


と、話しかけてきた。


北野くんの家は、小学校の裏門のすぐそば、農家のはなれを借りていた。その農家の娘は、クラスメート


の渡佐代さん。


 放課後、他の皆が下校したあとから、約束通り、北野くんが待つ家へと入っていった。何か秘密めいて


ワクワクした。小さな家の中は整然としていて、居心地がよかった。本棚のたくさんの本が、住む人の知


力を物語っているような気がした。お父さんは大学の講師だか助教授で、お母さんは小学校の先生とき


いている。


 北野くんは、自分が日頃どんな本を読んでいるとか、どんなものを集めているとか、私にはよく理解で


きない難しい話をして聞かせた。分かったような顔して聞いていたがほとんど覚えていない。


帰りに


「谷さん、僕のお父さん、もう何日も帰って来てないんだよ。多分、もう帰ってこないと思う。お母さんとは


別れるだろうね。女の人がいるって・・」


「ふーん・・」


「谷さん、明日も来られる?」


「それはわからない・・じゃ、バイバイ


と言って ランドセルを背負い、家に向かった。


「北野くんは両親が離婚しても、さほど貧しい暮らしにはならないだろうからいいよなあ」


「学校の先生なら、きっと教養あって、道徳的で、素敵なお母さんなんだろうなあ、いいよなあ」


と、独り言を言いながら、家路を急いだ。


 翌日の帰りの会のとき、普段おとなしい渡さんが手を挙げて発言した。


「昨日、谷さんは、北野くんの家に寄り道していました。」


びっくりした私と北野くんは黙ったまま、クラスの皆が


「ひゅう、ひゅう、あやしいあやしい」


とはやし立てるのを、動揺しながら聞いていた。


「どうしても用事があったなら仕方ないけど、放課後は寄り道せずにさっさと家に帰るように。」


先生のこの言葉で、あっさりオヒラキとなったが、他の女子がこざかしい。何せ成績抜群の北野くんは人


気があった。


「ねえ、今日も行く?」


「ねえ、北野くん家に何の用事があったの?」


「私も一緒に行きたい」 等々・・・


みんなから囲まれ、もてはやされた気分になっていたら、北野くんは


「みんな、うるさい」


と、怒ってとっとと一人で帰ってしまった。


私は、ニタついて、やにさがった顔を元に戻して、さて困ってしまった。


今日も北野くん家に行くつもりだったのに。昨日、「明日も来れる?」って・・・


話の続きも聞きたかったし・・・


仕方ないので、栄子ちゃんと一緒に帰った。


ま、いいか、席は隣だし、いつでも話せるか。


次の日北野くんは来なかった。


先生も来てなかったので、理由は分からなかった。


その日の午後、授業を始める前に、先生が


「北野くんは、亡くなりました。おかあさんと一緒に・・・」


ざわついていた教室が俄かにシーンと静まりかえる。




*浪曲子守り歌: 歌手・一節太郎


  歌いだし・・逃~げた女房にゃ未練はな~いが お乳欲しがるこの子が可愛い^ *