琉球國(ウチナークチでルーチュクク)と呼ばれたのは三山統一して琉球王国が出来た1429~琉球処分で沖縄県になった1879までで、それ以前は阿児奈波(おきなわ)島と一般的に呼ばれていたようです、地方それぞれが割拠していたのでしょうが・第10回遣唐使船にて鑑真和上が本土に着く前に「阿児奈波島に立ち寄った」と・記録されて居ります、753年の事(奈良時代)でした:阿児奈波これは唐の文字ではなく、日本国語の当て字だったようです。
中山世鑑は琉球王国の正史であり、琉球語の文語で書かれています。また、中山世鑑は、当時の日本語の文語の標準的な規範に基づく記法で記述されています。
したがって、中山世鑑は、正真正銘の日本語かつ琉球語の文語で書かれています。
したがって、琉球語=日本語、というのは歴史的に動かせない事実、ということになります。
中山世鑑↓
鎮西八郎(源為朝1139~1170)
一方、琉球王国正史中山世鑑』や『おもろさうし』、『鎮西琉球記』、『椿説弓張月』などでは、このとき追討を逃れて現在の沖縄県に渡り、その子が琉球王家の始祖舜天になったといわれる、伝説的な人物でもある

そんな阿児奈波に2017/12/27~2018/1/2まで行ってきました

急に思い立っての事なんですが:エアーチケットも取れましたので:がしかしばっとすとらいく:時期もですが急だったので成田~那覇 往復¥40,060もしましたわ
ってことで始発電車に乗って:えっちらおっちら・・・7:40発のGK-303で
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朝のNRT
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先行便が飛び立ってゆきます
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北風なんですね

九十九里沖を通過して
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霊峰を遠目に見て
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ナハナハ もうすぐ退役さくらちゃん
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と言うことで、新シリーズ立ち上げ パチパチパチ