ご存知の方は知っての通り:昨年8/12~8/17にかけて:竹島近くで一般ピーポーが行けるところ:隠岐の島へ行ってきました 8/15朝 8:30発フェリーしらしまの船内にいました

デッキからは 8:54発レインボージェットが見えます

実は、この日も午前は島後の隠岐の島町をバイクで巡る予定だったのですが、天候が優れず、前日バイクを返却してしまって::船便を繰り上げました。
さらば西郷港よ

さらば西郷の街よ

さらば隠岐の島町よ

さらば、岬の爆裂火口よ

こんにちは 島前よ

※以前にも紹介しましたが、隠岐の島は4つの有人島と180余りの無人島で形成されております
もう一つの有人島には、倭人はいませんが
大きく分けて島前と島後:島後には隠岐の島町 島前には[中ノ島(海士町)]・[西ノ島(西ノ島町)]・[知夫里島(知夫村)]などが有ります
9:40頃中ノ島に近づきました

菱浦港に寄港



雨を避けて館内に人が大勢いました
キンニャモニャ宣言
海士町発祥の隠岐民謡「キンニャモニャ」には、本町の自然と文化・人情が上手にうたい込まれています。
そこには私達が忘れかけていた「生き抜く術」が秘められています。
「キンニャモニャ」の唄に様々な願いを織り込み、第三次海士町総合振興計画の基本的な考え方を「キンニャモニャ宣言」として次のように掲げます。
この取り組みを支える町民の合い言葉が「キンニャモニャ」の囃子ことば“キクラゲチャカポン持って来いよ”です。
古老の話によれば、この囃子ことばは、
「キクらもチャカらもちょっとこいよ(キクさんもチカさんもみんな来いよ)」という意味と伝えられます。
そこには私達が忘れかけていた「生き抜く術」が秘められています。
「キンニャモニャ」の唄に様々な願いを織り込み、第三次海士町総合振興計画の基本的な考え方を「キンニャモニャ宣言」として次のように掲げます。
この取り組みを支える町民の合い言葉が「キンニャモニャ」の囃子ことば“キクラゲチャカポン持って来いよ”です。
古老の話によれば、この囃子ことばは、
「キクらもチャカらもちょっとこいよ(キクさんもチカさんもみんな来いよ)」という意味と伝えられます。
テープ屋さん繁盛記


♪「別れきれないテープも切れて 銅鑼が鳴る鳴るさよならと 泣いちゃいけない港の鴎 船を見送る身がつらい」
判るかなー ̄わかんねぇだろうなー~イエイ
ってことで中ノ島には上陸しませんでした:次回は中ノ島古ー巣でね