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ここは
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南大東島秋葉山にある【秋葉神社です】
(明治33年)玉置半右衛門
は当時無人島であった南大東島へ入植者を送って開拓を行い、サトウキビの栽培により精糖事業を軌道に乗せた。入植費用と生活費は玉置が出し、30年後、入植者には現地の土地が与えられる約束であった。島には病院や学校、トロッコ鉄道や防風林も整備された。
しかし現地の指揮にあたった二人の息子は放蕩に明け暮れ、「鍋大将」「鎌大将」と呼ばれた。


鎌大将はたばこの不始末で山火事を起こし、一週間にわたって炎上させた。また玉置の死後に事業は売却されたため、土地譲渡の約束も反故となってしまった。

 
地震・雷・火事・親爺??
秋葉神社は言わずと知れた防火の神社ですねー
祠の中には48を奉ってありますとかー~~
 
付近
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参道です
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参道をバイクでー
 
 
椰子と言えば
ダイトウビロウは、南(北)大東島にだけ自生する高さ20メートルにもなるヤシ科の高木で、古くから島民の生活に深くかかわってきました。
  かつて、南大東島が無人島であった頃は島全体に自生していましたが、開拓当時から戦前まで建築材料として多くが伐採され、今ではサトウキビ畑の角や道端などでしか見られません。
  ビロウの幹は住宅の柱として、葉は屋根の材料として使われていました。また、葉の裏が白いことから、この屋根は通称「シロッパ屋根」と呼ばれています。
 「シロッパ屋根」も、戦後にはトタン屋根に葺き替えられ、近年ではコンクリート建築へと移り変わったため、ほとんど目にすることはありませんが、ふるさと文化センター前の広場では、復元されたシロッパ屋根を見ることができ、開拓当時の生活が感じられます。
 
南大東名物双子のビロウ
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タイワンツチイナゴが飛び交うウージ畑の中の道を双子のビロウの間を通り
 
 
ここにもありましたー~過保護??な木
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