今日は、どうしても実家に行きたくなかった。

でも、行ってよかった。
なぜなら、自分の荷物を全部持って帰ることができたから、あの家に
もう、まあ、結婚式の写真はあっても
私のものはない。
すっきりした。

許せないとか、許すとかではなく
行くとイライラする。
というか居場所がない。

親として、やらなければと
無理している自分がいる。
でも、もう、いいのではと思う。

下の子二人は、
今日は、別に行かなくても
いいと言っていた。

まあ、長女が
納得するまで、付き合ってもいいのかもと思うけど、もう少し
自分の気持ちも大切にして
いいのでは?と思う気持ちもある。

自分の育った家に帰れない、
奪われた悲しさ。
それは、自分の母である人には
分かってない。
母である人が、責任を感じているのは
弟に対してだけである。

お金の面でも、裕福な家に育ったのに
悲しい思いをした。
お金の学生生活。
食事の面。衣服のこと。
就職の研修に行く航空券代に
困ったこと。
弟も、それなりに苦労はしたと思うけど
一人ぼっちだと、そして
何もない寂しさは経験してないと思う。
彼は、支えられていたから。
私が支えてもらえなかったのは
私自身が、悪いらしいと彼はいう。
私が親と仲が悪いのは
私自身が悪いという。

もう、そろそろ解放されていいよね。

でも、お父さんに会いたいなって思う。
母親と弟には会いたくないけど、
やっぱり、お父さんは
嫌いにはなれない。
お父さんに会えなくなるのは
さみしい。
自由にお父さんと会えない環境を作った
母親が憎い。
そして、弟も嫌い。

少し、今年は様子を見ようかな。
弟の新しい家には行きたくない。

お金は、いらないけど 
縁を切りたい。

いとこの結婚式の話しを
無神経にする弟が嫌い。

小さな頃から嫌いだった。

少しわがままに
自分に優しくなろう。

嫌いな人、イヤな人にまで
気を使う自分が嫌だ。

もっと自分を愛してあげよう。

 

もし、あなたが

 

 

 

もしかしたら中には、

 

どうしても許せない、どうしても忘れることができない。

憎んで憎んで、そんな自分にも嫌気がさしてもう疲れ果てた。

親なんて切って捨てたい、「愛」だなんて笑っちゃう。

 

 

そう思う人もいるかもしれません。

残念ながら、いつの時代にも、親の問題で子が苦しむことは多いです。

これまで説明したような「ボタンの掛け違えの循環不全」だけでも

改善することは容易ではないのに、

例えば親がアダルトチルドレンであったり、

精神的にも、肉体的にも虐待を繰り返す親である場合、

子は、その傷を癒すには相当の時間と努力を要することもあります。

 

虐待も、親の自分勝手な押しつけ(=「こういう人生を歩め」)も、

実を言うと根本にあるのは愛です。(相当ねじ曲がっていますが)

親は子に、何をしても自分を嫌わない、何をしてもそばにいてくれる、と思っています。

なぜなら幼い子は親を必要としているのをちゃんと判っているからです。

そして長じても、子は親を絶対に見捨てることができないはずだ、と、

あなたに甘えているのです。

甘えは、絶対に自分は拒否されないと思っているからできる行為です。

ま、随分と自分勝手な話ですけどね・・・・・

 

 

憎しみも悲しみも、どんな感情もリアクションも、

もう凍りついて外に出てこない。何もしたくない。

そういう方もいるでしょう。

または、何があったかあまりよく覚えていない。

なんだか仲は良くなかったけど、

今は親とあまりに疎遠で今更どうこうという気になれない。

それも当然の反応です。だから、そんな自分を

冷たいとか、情が無いとか、責める必要はありません。

親に優しくしてあげられない自分は、人としてどこか問題があるのではないかと

悩み、葛藤し、いつまでも苦しむ人のなんと多いことか。

でも、問題があったのではあなたではなく、親の方です。

 

 

愛してあげれないなら、愛さなくて良いのです。

なぜなら愛は、自然とわき上がってくるものであり、

無理に「愛そう」と思うこと自体が道理が違っているし、必要が無いからです。

 

 

許してあげれないなら、許してあげなくて良いのです。

なぜなら、彼らはそれだけのことをあなたにしたのですから。

 

 

まずは自分の心の声に正直になりましょう。

そのうえで、「でも、こんな状態のままではイヤだ」

もしそう思うようになったなら、前述の方法で少しずつ氷を溶かしていってください。

専門家の力を借りても良いでしょう。

(ご自分に問題があるから、ではありません。単純にその方が早いからです。)

 

 

ただ、どうかこれだけは忘れないで下さい。

 

 

あなたは愛されている子供です。

今までも、これからも。

だから、これからの人生、愛情におびえたり

自信を無くした考え方や、傷つくことを恐れるが故の

窮屈な自己防衛行動を繰り返す必要はないのです。

沢山の勇気が必要ですが、チャレンジする価値は大いにあるのです。

あなたにとって、人生で一番最初に出会った「他者」は

あなたに適切な形で愛を伝えてはくれなかったかもしれないけど、

これから先の人生、出会う「他者」は、彼らと同じとは限らないのですから。

 

 

これは、親を理解し、許してあげるためではありません。

(そんなもの、放っておけばよいのです。

 

これは、この世でただ一人、

あなたのために。

あなたが自分を愛し、愛されるために。

あなた自身の幸せと、人生のために。