僕の知人のブログにとても共感する内容があったので勝手に引用します。
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私が東京で住んでいる駅は始発の駅なのですが、電車が到着してドアが開くと並んだ人たちがすごい勢いで座席の取り合いバトルが始まります。
それは、たった5秒で完了し、すごいスピードなのですが、中でも私と同世代のおじさんたちが座った瞬間に眠りだすのは、悲哀を感じてしまいます。また男女関係なく若者が年寄りを押しのけて座った後に携帯ゲームに興じているのも美しい感じはしません。誰も一言も発しないで、ドアが開いて10秒後には乗客がそれぞれの時間に入っていくのは、本当に異様な光景です。
今の日本の社会って、こんな風景に凝縮されている感じがします。限られた椅子をみんなひたすら求めて、座ったら、その電車がどこに行くのかよくわからないけど座り続けている、座っていることが目的になってしまっている、そんな世界です。
立ってみないと外は眺められないけど、外を眺めるくらいなら、眠っていたい。すてきな街並みが見えたので、ちょっと降りてみたいけど、次に座れるかどうか分からないから、降りようとしない。
私は乗れる電車に乗るというポリシーなので、座れたり立っていたりと毎日違うのですが、人間観察や隣の人の新聞を速読したり、外を眺めたりして楽しく通勤しています。http://nobuhiko.gcsgp.com/
まさに僕もつい半年前はこの椅子とりゲームなるものをして座った瞬間に寝てたんだけど、
今考えると人間のすることじゃないよね。
すがすがしい朝もろくに感じたこともなくひたすら電車では寝てました。
パースにいるとそんな日本での生活が夢のように思えます。
空気や花や空に感動する心の隙間もなかった。
トルストイが家庭の幸福のなかで、人間の幸せに必要なのは、
田園で隠遁生活をして、すこしでも人の役に立つ仕事と書物、音楽、自然、隣人への愛、そして妻と子供への愛が必要とあった。
隠遁生活をしながらの人の役に立つ仕事とはなんだろう?