☆掌編小説「白鰯炎上」



 「ハンドルネームが白鰯。その人物を家ごと燃やして欲しい。百万円渡す前に、女の子を世話してやる。明日の10時に石神井公園で待て」
 と、云うメールを貰った私は、以前革マルに属する女の住むマンションの一室に、火を放ち女ごと燃やした経験がある。
 その経験を活かしての依頼のメールと思われるが、一体何処からと確かめると、何と西警察署内からではないか。
 私のメールアドレスを知る者は、僅かな筈。公安関係で知り合いはいない。不思議に思い、友人Мに電話をかける。
「俺がこの間、君との酒席を催した時に紹介した女の子。あれはキャパ嬢ではなく、実は婦人警官なんだ。もしかすると、彼女に君の携帯番号を教えたから」
「何で無断で人の電話番号教えるんだ」
「いや、あの子と意気投合していたから」
「実は彼女と思われる人物から、メールを貰ったんだ」
「分かった。いつものところで、一時間後に」
 私は煙草を取り出し口に咥える。ライターで火をつけ、一服すると、向こうからトレンチコートを着たМがやって来た。
「車へ行こう。少し流そうではないか」
二人はフィアットに乗り込み彼の運転で東京タワーの周囲を巡る。
「メールを読み給え」
と、彼は私の咥え煙草を取り上げ、一口吸う。私はメールを読み上げた。
「実はそのメール、俺のだ。その白鰯を始末して欲しい。あの婦人警官を手ごめにした男だ。しかも、その様子をスマホで撮り強請って来た。それ以上は理由は聞くな」
「放火殺人は、一度やると二度三度とやりたくなる習性の犯罪だ。私はもう放火殺人のプロフェッショナル。そんなことなら、引き受ける。但し女の子は要らない。金だけで結構」
と、私はもう一本煙草を取り出し、口に咥え、ライターで火を点ける。
 こうして、白鰯を家ごと炎上させた。実は彼は、今流行りのユーチューバーで金を稼ぐ仕事師。私はМと待ち合わせのホテルの部屋へと、タクシーを飛ばす。

「着きましたよ。1,500円頂きます。領収書は?」

「いや要らない」
と、手ぶらの私はコンビニで朝刊を買い、Мの居る609号室へと向かう。
「あの消防車の台数を見ろよ。実に勢いよく燃えたものだな。冬の今頃の乾燥では、放火魔には絶好の獲物だろう」
「彼は確実に燃えた筈だ。では約束の百万円頂こう」
と、Мは私の前に、黒いトランクを一つ置いた。私は受け取りざまに言った。
「白鰯を焼いても、彼女とのDVDは残るのでは?」
「心配ご無用。全て監視済み。俺の仕事を知らないのか。俺は彼女の上司。西警察署の警部補だ。白鰯も過激派。社会のダニと言っても過言ではない存在だ」
と、彼のサングラスの奥の目の閃光を、私は見逃さなかった。
「祭りは終わった」
と、私は一人ゴチた。それはどこか、敗北感漂う笑いへと変容した。
 然し、白鰯のマンションは必要以上に燃えている。消防隊員も、この寒さに大変そうだ。
 Мのリベンジは、こうして終わった。私は暫くの間、首都から姿を消して返還前の香港へ渡った。そして、中国人の美女とランデブーを楽しんだ。その香港の夜景に、火の気は全く立たなかった。
(了)