☆掌編小説「聖なる酔っ払い記者、アブサンに死す」




 ここはブンヤ犇めくチバゴールデン街。かくいう私は酔っ払い記者。この店を根城にして、居酒屋やショットバー通いに勤しんでいる。勿論、記事は書く。恥もかくし、子供のようにベソもかく。

 ここ、酒類ならばビールに始まり、焼酎そして日本酒は勿論のこと、沖縄の泡盛も。または洋酒ならばウイスキーに始まり、ジンやウオッカそしてテキーラなど、カクテルのスピリッツにシャンパン。

 そしてワインも上質のものを揃えており、とにかく何でも揃った、謂わばアルコールオールスターズが毎夜消費の対象となり、我々ブンヤの話のネタとなる。

 その酒を渉猟しながら、あるスポーツ紙にコラムを書く私は、まさにアル中の極みである。この底なしの大酒飲みは、コラム名『聖なる酔っ払い伝説』を綴る。

 その一杯一杯が私の記事のネタであり、感想文とは異なった批評的精神をもって望む酒は、私の宝物。それは書く意欲を醸す、まさにアルコールこそモチベーションと言っても過言ではない。

 九頭身はある長身の美人ママは、その昔ファッションモデルとして鳴らした肢体を強調するようなチャイナドレスで、我々ブンヤの性欲を掻き立てる。然し、私はひたすら文字を書く。

 このママさんには、女子大生の一人娘がいる。美人ママの生き写しとも謂えるモモエちゃんは、看板娘としても活躍する。それは、毎夜お持ち帰りの対象となる、我々ブンヤの羨望の的だ。

 と、ここまで紹介文を書いてネオンが『サクラ』のスナックは、今夜も大繁盛。あらゆる日刊紙や業界紙、そして果ては地方紙にまで及ぶブンヤの溜り場となる。

「俺、未だシラフ。今夜の記事はテキーラ大会。獲物はモモエちゃんに決定!」

と、私はバイトのマサコにモモエちゃんを呼ぶように命ずる。

「こんばんは。聖なる酔っ払いさん。今夜はテキーラづくしですって。しかも私と勝負するの。もし私が負けたら、お持ち帰りできるのよ」

と、人身売買も甚だしいテキーラ大会が催された。

「もうショットで10杯目。私、早く寝たい」

とモモエちゃんは、私の耳元で囁く。そして、私は15杯目を飲み干した。負けずに私も

「モモエちゃん、今夜は絶対お持ち帰りするよ」

と、彼女の右耳に息を吹きかける。如何にもそこが彼女の性感帯であるかのように。

 そして20杯目を飲み尽くすと、ショットグラスは彼女の手元を離れ、床に落ちて散る。彼女の花が散るように、私に持たれ掛かる。

「今夜のお持ち帰りは、聖なる酔っ払い記者に決定。存分に抱いて上げて!」

と、美人ママは彼女に万冊五枚を渡して、ホテル用にタクシーを呼ぶ。

 私は正直未だ酔い潰れてはいない。それよりも記憶のある内に、モモエちゃんのスリー・サイズを美人ママから聞いてメモする私は、やはり商売柄、美人ママにラスト・ショットを頼んだ。

「ママさん、アブサンくれないかな」

「アブサン? 大丈夫? モモエ頼むわよ」

と、今夜最期のお酒が命取りとなった私は、今、霊柩車に乗っている。

 墓場の棺の隙間から、私は取り囲む墓参者を眺める。そこには、『サクラ』の美人ママとモモエちゃんがいる。どこでどうやって死んだのか、私の記憶はアブサンを一口呑んだ時以降失われた。

 やはり新聞記事とアブサンは、私の命を奪った。決してモモエちゃんで、腹上死したわけではない。

 そんな棺に土が被される。私の視界は、真っ暗闇。土葬とは、女房も変わった葬送式を企んだものだ。皆泣いている。

 然し、その中で美人ママは、棺の中の私に向かってこう呟いた。

「聖なる酔っ払いさん。これは永久のお持ち帰りよ」

と、皆が帰ったあと美人ママは、刺殺したモモエちゃんを人身御供として棺の中に入れた。これで私は、棺の中の悦楽をお持ち帰りしたのだ。

(了)