◇日々雑感「ピーターラビットと戯れる彼女が、テディベアを夢見た頃ー私的大貫妙子氏1980年代論ー」





 ある日、筆者は女子大生たちが一様に、ボブカットのヘアスタイルで、川久保玲氏のコムデギャルソンを着こなし、ヴィスコンティ監督の映画『家族の肖像』を観るために、映画館前に並ぶ姿に遭遇しました。

 その時、彼女らがウォークマンのヘッドホンで聴くアルバム『クリシェ』に始まる変貌が、ニューアカ世代の旗手としての位置を占めたかに思えたのが、大貫妙子氏であります。

 クリシェとは紋切型の意。それは、今で謂うJ-POPの起源をフレンチポップスに求めるファンの一人として、これは彼女のクリシェ満載の傑作でした。

 それは、独自のメロディーラインが若い女性の心を掴む作曲家の側面と、リリシズム溢れる女性特有の感性溢れる作詞にあります。

 そこにはニューアカ世代が持て囃すポスト・モダニズムの片鱗が、彼女の曲想にまで及んだ成果が見出だせるのです。

 その流れは、彼女のワンアンドオンリーの世界であり、軽やかさとエレガンスが融合したポップ感覚です。と同時に、そこにはアーバンでキッチュ、そしてカラフルな都市空間の装いが、浮遊する女子大生の相貌を彩るのです。

 それはどこか、ピーターラビットを愛でる大貫妙子氏の、寛容さへの憧憬とアニミズムが共有する自然主義への敬慕に似ています。それが更に進化するのが、続く『シニフィエ』でありましょう。

 ここには、彼女のロマンティシズムの表出したパッションに満ちたリリシズムがほとばしる、些か大胆なエキゾチシズムが各ナンバーで変奏される時、聴く楽しみに相乗効果を齎すのです。

 そして、既に彼女の記号の領域でもある、アニミズムの発展を促すナンバー「テディベア」。それは、ぬいぐるみの分野にまで派生する究極の夢空間を占める、可愛らしさへの畏敬です。

 更に曲名のフレンチ化と、現代女性の晩婚化の兆しを示す「いつか王子様が」世代の台頭を謳ったのも、彼女の特性でありましょう。それが遺憾なく発揮された、彼女の最高傑作とも思しいのが続く『コパン』。

 ここには、彼女最大のセールスを記録した「ベジタブル」が含まれます。それは、昨今の草食系男子にも相通ずる、食生活革命への先鞭をつけたナンバー。

 ここには、コスモポリタンとしての彼女の視点が、アジアからヨーロッパ、そして中東に至るまでを射程に入れた、地上を横断することで成り立つ、ニューアカ特有の多様性を求めるグローバルな世界が認識できるのです。それは、インストナンバーの大胆な導入にも表れているでしょう。

 時代がバブルへと向かった1980年代の様相を、見事に反映したこの3作品は、今でも彼女・大貫妙子氏の代表作といって良いでしょう。そこでは、女性の特性を活かした職業でのフェミニズムが叫ばれたものです。

 そこではニューアカ世代特有の、男性には喪失感と劣等感を抱かせ、女性にはチャレンジ精神に満ちたアドベンチャーの相貌を窺わせるに充分な、勢いがありました。

 それが、ピーターラビットやテディベアを抱いて寝る彼女らの夢空間に、時として幸せを、時として残酷な側面を夢見させるのです。それは、これらのキャラクターに内在するポワゾンとも謂えましょう。

 それは、どこか原作者レーモン・クノーの生んだ『地下鉄のザジ』のヒロインの、破綻する親子関係からの逸脱と、幼い男女のエスプリが女権を纏わせる世界と、酷似しているのです。

 我らの大貫妙子氏は、時代を反映させながら、未だ御活躍されています。

 然し、彼女の本質がこのザジの存在意義にも通ずる健気さと、シニカルなコミュニケーションに存すると確信する筆者は、今でも彼女・大貫妙子氏を聴き続けるでしょう。

(了)